過去拍手

□2015年新年SS
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2015年新年SS


「あのー。公務員て、この時期は仕事納めに入っててお仕事しないんじゃないんですかー?」

「そうだな」

「じゃあなんで御剣さんは、ここで書類と格闘してるんですかー?」



***



赤を基調にした、ここは天下の検事局12階の1202号室。部屋の主である御剣さんは私の問いかけに「ムぅ…」と生返事を1回したっきり、手元の書類をしげしげと読み続ける。随分と熱心なご様子に私はそれはもう大袈裟にため息をつきつつ、ふかふかのソファーに深く腰掛けたまま天井を見上げた。付いて来なきゃ良かったと半分後悔しつつ、けど大晦日に彼のマンションで1人ぼっちで過ごすのはやっぱり嫌だともう半分でだだを捏ねてみる。

ホント、ワーカーホリックってアレだ。病気だよ病気。少なくとも今日の夕方までは彼のマンションでのんびりゆっくり年の瀬を味わっていたというのに、一体どうスイッチが入ったのやら。御剣さんがいきなり「局へ確認に行かなければ」とか言い出して…

一応、「後ででいいじゃん」とか「お休みなんでしょう?」って言ってはみた。無駄だと思いつつも反論してみた。だって、御剣さんは年がら年中忙殺されていて、その裏では私とのプライベートな約束も年がら年中亡き者にされていて、そうしてようやく訪れた何事もない静かで穏やかでのんびりとした2人きりの時間だというのに……それでも彼は仕事に行かなければとそわそわする。はーはー、そうですか、私と過ごすのは落ち着かないんですかーソウデスカー。

すぐ終わるから部屋で待っていてほしいと言う彼に、私は半ば意地になって一緒について行く事を選択した。大体、こういう仕事モードになった彼が言う"すぐ終わる"って、大体6時間前後くらいかかっちゃうんだもんね。1人きりでぼんやり紅白とか笑って明るく年を越そうをモットーに嫌にテンション高くふざけあうバラエティ番組を見て過ごすよりは…と思っての選択だった。

仕事納めの時期なのに電気をつけて堂々と作業するのは表向きマズイ、とか言ってデスクライトのみで細々と書類とにらめっこする御剣さんを横目で見つつ、私はソファーに体育座りで収まりつつスマホを確認した――…今年もあと10分少々で終わりだ。新しい年だなんだと毎度大騒ぎするけど、現実はこうやって普段と何ら変わらず淡々と12月31日から1月1日に変わるだけ。1日が終わって、1日が始まる…ただそれだけの事。

でも、何だろう。胸の奥に沈むほの暗い気持ちは。体操座りの膝を抱えて、私はそのもやもやと晴れない色を心に抱えたまま御剣さんを見つめる。淡々と、粛々と、普段と変わりなく1日が終わって1日が始まる。でも。今年の最後のこの瞬間ですら、この人の頭は仕事の事なんだな…

「御剣さーん」

「何だ?」

呼べば返って来る返事。でも視線は変わらず手にした書類を見つめている。

「今年もあと数分ですけどー」

「……そうだな」



そうだな、じゃないんだけど。



「御剣さんは最後までお仕事なんですかー?」

「そうなるな」



そうなるな、じゃないんだけど。



「御剣さんは最後まで仕事熱心なんですねー」

「そうか」



そうだよ。

私の、少しだけ皮肉がかった台詞に応える素っ気ない返事に心の中でツッコミを入れながら、しんと静まり返った執務室で黙々と作業する御剣さんを見つめる。

デスクライトの弱くて、でも闇夜に沈む室内では煌々と明るい光に照らされる彼の静かな横顔を眺めながら、私はそっと呟いた。



「……たまには他の事を考えればいいのに」



今度は、御剣さんは無言だった。

あぁ。とうとうほんの少しだけ残っていた意識すら、仕事に取られちゃったか。

そんな諦めにも似た感情が心の底に浅く湧き上がった時だった。

「――……」

「……?」

それまで書類だけを見つめていた御剣さんが、その視線を唐突にこっちに向けてきた。真っ直ぐにブレる事のない強い眼差しに、最初こそ不思議に思った私は次第にじりじりと追い詰められるような圧迫感を感じ始める。

「………御剣さん?」

どこか居た堪れなくなって、思わず名前を呼ぶ。が、彼は無言のまま私を見つめ続ける。な、なんだろう。うるさくしすぎたかな?意地で付いてきたけど、帰った方がいいのかな?むしろ、帰れって事なのかな?――…ただただ見つめるだけの御剣さんの真意が読み取れなくて、焦燥感が胸の奥を燻りだした時だった。



「あ」



暗い室内に突如、鮮やかな色が切り込んでくる。遅れて、ターンと弾ける音が遠く響いてきた。パラパラと空を焼く音が消え切らないうちに、また弾ける光と響く音。

「ム。年が明けたな」

新年を祝う花火を合図に御剣さんが動く。熱心にこちらを見つめていた視線を後ろの大窓へ向け、次々と上がる花火を眺め始めた。私はというと、彼の視線から解放されたとはいえ未だそわそわと落ち着かない心臓を抱えたままぴくりとも動けないでいる。

「あの――…」

「何だろうか?」

「さっきの…何だったんですか?」

遠慮がちに尋ねてきた私を見た御剣さんは、ふっと口角を意地悪く持ち上げた。

「君が先程から私が仕事ばかりだ、他の事も考えればいいのにと言うのでな。それもそうかと思い、真剣に考えてみた」

「……はい?」

「新年になる数分間、君の事だけを考えた」

「――…」

得意げに語られて、私は目を丸くする。彼の言葉をゆっくりと噛み砕いて、そうしてじわじわと理解出来た先ほどの彼の行動に、今度は頬がものすごい勢いで熱くなりだした。そんな変化に満足したのか、御剣さんは目を細めて実に憎たらしい笑顔を浮かべる。

「本気で、真剣に。君の事だけを考えた」

「な。な…なっ――…!」

「君だって、そうだったろう?あの瞬間、君は私の事だけを考えてくれていたはずだが?」

"何もかもお見通しだ"的な口調で指摘されて、もう私は絶句するしかない。自信家も、そこまで行けばあっぱれなものだ。御剣さんはというと、口を噤んで目を白黒させるだけの私を暫く観察してから、また書類と向き合い始めた。

「数分間だが、君の事を真剣に考えて分かった事がある」

「………はぁ」

その分析結果は聞いていいものなのか分からなくて、思わず曖昧な返事が口をついて出る。

「私は何だかんだで、君の事を考えている。瞬時に思考を仕事から君へと切り替えられたのだから、常に君を想っているのだろう」

「――…!」

どストレートに告げられた内容に、手にしていたスマホを反射的に彼へ投げつける。御剣さんは書類に目を向けながらも、飛んできたスマホを難なく右手でキャッチしてみせた。それがまた"君の存在を考えているから、不測の事態でも対処できるのだ"と言わんばかりに見えて、私はもう何が何だか――…冷静に判断すれば過剰な羞恥で全神経をじたばたさせながら、彼を睨みつける事しか出来ない。

仕事中だというのに、御剣さんは口元を楽しそうに綻ばせながら小さく呟いた。



「今年も、末永くよろしく」



END.
 

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