過去拍手
□夏は田舎へ行こう!-Final
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「こちらでの生活も、悪くないな」
クソガキらのお見送りの後、随分経ってから呟かれた御剣さんの言葉に、私は「え?」と目を丸くさせた。それは、次はいよいよフェリー乗り場に着くという時だった。
「今、何て言いました?」
「…君の故郷で生活するのも、良いなと言ったのだ」
まだ窓の外を見ている御剣さんは、振り返りもせずそんな事を口にする。私はますます目を剥いた。
「な……ど、どうしたんですか御剣さん。こっちに住んだら、検事の仕事はどうするんですか?絶対無理ですよ!」
「そうだな」
「警察の需要も思いっきり低いんですよ!?玄関に鍵かけないのデフォなの、御剣さんも見てたでしょ!?仕事は農業か酪農くらいしかないですよ!出来るんですか!?」
そりゃ御剣さんは頭いいから、農作物や牛の管理はイケるかもしんないですけど、どっちかっていうと体力勝負の仕事ですよ!年中無休で旅行も行けないし、朝は早くて台風とか来たらそれこそ朝も夜もないんですから!
それにあの車どーすんですか!?あんな大きなスポーツカー、走れる道ないですしガソリンスタンドないし!1週間の滞在と、住むっていうのは全然別問題です!
好きな時に紅茶やワインが手に入る訳でもないし!ネット環境も携帯電波環境も皆無で、娯楽もないですし!
そりゃ村ののほほんとした空気はいいでしょうけど、プライバシーもあんま守られないし、集会には何を差し置いても顔を出さなきゃジジババ達はうるさいし。それに…
「……誰が今すぐ住むと言った」
マシンガントークで田舎に住む事についてを語っていた私に、御剣さんが険しい表情で低く呟く。その声音に、私ははっと言葉を止めた。御剣さんはいつの間にか私に視線を向けている。
「第2の人生の基盤として、君の故郷へ行くのも悪くないなという意味で言ったのだ。ちなみに現段階で、だ。確定ではない」
「…は、はぁ」
「それにだな。君はそんなに自分の故郷が嫌いなのかね?」
「え?」
「私にそんなに住んで欲しくないのか?」
「え?え?…え?」
「先程から、君は短所しか言わないではないか。まぁ長い事住んでいたからこその意見だろうが、それでも君を生み育ててくれた場所ではないのかね?」
「………」
「私は君が羨ましい。変わらずに帰られる場所があるというのは、誰でも持てる物ではないからな」
御剣さんは、ふいっと窓の外へ顔を向ける。その逸らされた彼のほんのり日焼けした項を、私は静かに見つめていた。
私達は、再び無言でバスに揺られる。
「ム。来た時は気がつかなかったが、土産関係はここにはないのだな」
小さな売店(ちなみに無人だ)を覗いていた御剣さんが、彼の荷物番をしている私の所へ戻ってくるなり呟く。
「そうですね。海を渡ったら色々あるんで、そこで買いましょう」
私の提案に、御剣さんは軽く頷いた。静かな水平線に、ようやくフェリーらしき影がぽつんと小さく見えてくる。あと20分もすればやってくるだろう。
そう目算して、私は少しだけ息を吐き出した。
「………御剣さん」
「なんだ?」
呼べば、御剣さんはいつもすぐに返事をしてくれる。その心地いい低音をじんわりと胸に染み込ませて、私は口を開いた。
「私は、自分の田舎が好きです」
遠くに見えるフェリーの影に視線を向けて、言葉は御剣さんへ向けて。
「都会みたいに色々ないし、何もかも遠いけど…私は好きです」
だから、御剣さんに嫌って欲しくない。
「田舎での生活も悪くないって言ってくれて、嬉しかったです。将来的に住んでもいいって言ってくれて、嬉しかったです」
「……」
御剣さんは、黙って私の言葉を聞いている。私は少しずつ大きくなるフェリーの影を、変わらず見つめていた。
「でも…住んでからやっぱり、って思われるのが怖いです。今回の帰省でも、やっぱり田舎は〜って思われたらどうしようって。そればっかり、私は…」
嫌われたくない。
私と同じくらいに好きになってほしい。知ってほしい。
いい所ももちろん、悪い所もひっくるめて全部。
だから、私は…
「いい所ばかりじゃないって、知って欲し――…」
言葉が遮られる。隣に立っていた御剣さんが、私の肩をそっと抱き寄せたから。
頬に、耳に、彼の胸板が触れる。Tシャツ越しにほんのりと温かくて、鼓膜を打つ鼓動も優しい。冷たい彼の内側は、こんなにも温かくて穏やかだ。
「……分かった。色々と君の意見を聞かせてくれ」
もちろん、良い所も悪い所も含めて全部。
囁かれて、私は返事をする代わりに彼の腰に腕を回すと、ぎゅっと服の裾を掴んだ。
綺麗な夕陽が見える丘があるんです。オレンジ色に照らされた田んぼとかを見おろせて、本当に綺麗なんですよ。
冬なら、上手くいけば鶴が渡る光景が観れる時があるんです。運が良ければいいんですけど、どうですかね。
山あいなんで、雪も降るんですよ。底冷えするんできちんと防寒して来ないと風邪引いちゃいます。
それから。
それから。
それから――…
まだまだ教えたい。大好き貴方に、私の愛するこの場所を――…
***END.