過去拍手

□夏は田舎へ行こう!-Final
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『えーー、ご乗車ぁーありがとぉーございますぅー次はぁ〜…』

ごとごととその車体を揺らしながらやってきたバスに、私と御剣さんは乗り込む。間延びする独特のアクセントを含んだアナウンスを耳にしながら、がらがらの席に座った。

1週間という滞在の為に用意した荷物は、かなりの量になる。私はある程度(というか、ほとんどを)実家に置いて置けるからいいけど、御剣さんはそうもいかない。

一応「持ちましょうか?」って言うんだけど、御剣さんは眉間に皺を寄せて断る。「海外出張とかでこういうのには慣れているのだ」とか言って。

「でも、私だけ手ぶらだと御剣さんに荷物持ちさせてる鬼とか思われそうで」

「誰にだ?」

「え?そりゃ…見た人が」

「誰が見るというのだ」

私達以外誰1人として乗っていないバスという状況でそんな風に言われて、私は口ごもるしかない。

「バスの次はフェリーだろ?あちらに着いたら宅配の手続きをするのだから、君が心配するような事はないと思うが」

「……そうですね」

その言葉で御剣さんとの会話を終わらせると、バスは沈黙に包まれた。タイヤが踏む土の音と、小石か何かを乗り上げてごとんと揺れる車体の音しか存在しなくなる。

2、30分の我慢とはいえ、早いところこの道も舗装すればいいのに…なんて頭の中で愚痴りながら、なんとなく窓の外に目を向けた瞬間だった。



パチン。



「?」



硬質な音だった。でも小さい小さい音で、車のタイヤで跳ねた小石の粒か何かが当たったのかな?と私は流そうとした。




パチッ。



「………」

「どうした?」

2度立て続けに起こった異変に、私は座席に両膝を付いて窓と真向かうと立て付けの悪いそれをぐっと開けた。

「おい。運転中だぞ」

「ちょっとだけです…って、あ!!」

開いた窓から顔を出して外を見ると、そこには…

「ぅおーーーい!!」

「って、ゴリラオンナじゃねーか!引っ込めバァアアカ!ブース!」

「ミツルギ出せー!」

たく坊に、一平とあきやん…そして離れてあと2人。彼ら…クソガキ5人衆は、自転車を懸命に立ち漕ぎしてのろのろ走るバスと並走している。

しかもたく坊はご自慢のオモチャの銃を片手に漕いでいる。窓ガラスをパチパチ弾いていたのは、彼のBB弾だったようだ。

「何してるのアンタた…わっ!?」

こいつらの声が聞こえたのか、御剣さんが私の後ろ首を掴むようにぐいっと窓から引き剥がすと、入れ替わって顔を出す。御剣さんの顔を見たクソガキ5人衆が、途端歓声を上げた。

「き、君達…!危ないぞ!バスから離れたまえ!」

「見送りに来たんだよー!」

「またなミツルギー!」

「また犯人をやっつける話、聞かせてくれよなー!」

「今度、トノサマンのカードバトルしようぜ!!俺、強いの集めっからな!御剣も集めるんだぞっ!」

「そのイトノコっていう刑事も連れて来いよ!俺の銃と勝負してやらぁ!!」

ぎゃあぎゃあと、自転車を漕ぎながらだというのに彼らは口々に御剣さんに想いの丈をぶつける。最初は驚きに目を丸くしていた御剣さんも、その表情に笑みを滲ませた。

「あぁ!必ずまた帰って来よう!それまで君達も身体に気をつけて、父上や母上の言う事を聞くんだ!」

「ミツルギが言うなら仕方ねぇな!俺ら約束守るから、ミツルギも守れよ!ケンジは嘘をつかない、正義の味方なんだろ!?」

「もちろんだ!」

「またな!ミツルギ…って、わぁああ!」

「ぐぇ!」「うおおおおっ!!」「ぎゃあっ!」「バカ!やべぇって、ひゃあ!!」

5人分の悲鳴が木霊する。1人が道のミゾか何かに乗り上げて転んで、グループで走ってたものだからみんながそれに巻き込まれて、がしゃーんと派手にクラッシュした。

御剣さんの顔が、はっと強ばる。が、転んだ彼らは尚もバスを…御剣さんを見つめて大きく元気よく手を振った。口々に叫ぶ別離の挨拶が、あっという間に遠のいていく。御剣さんは彼らが見えなくなっても窓から顔を出して後方をじっと見つめていた。

「………」

どれくらいそうしていただろう。

御剣さんがようやく顔を引っ込めて、窓をゆっくりと閉める。そして座席に深くその背中を埋めた。

「………御剣さん」

心の中で何かの感情を噛み締めるように黙りこくっている御剣さんを、そっと呼ぶ。彼は少ししてから「なんだ?」と短い返事をした。

視線だけを動かしてこちらを見る彼を、私はじっと見つめる。

「…泣いてもいいんですよ?」

「………馬鹿にしてるのか」

私の一言に、御剣さんはいつもの冷笑でそう吐き捨てると、窓枠に頬杖をついて視線を外へ流した。

山と空と、草と緑しかない代わり映えのない景色を、御剣さんは飽きる事なくじっと見つめていた。



***
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