過去拍手
□夏は田舎へ行こう!-Final
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飛行機2時間、バス1時間、フェリー4時間、バス2時間…
計9時間の行程を経て辿り着くのが、私の実家。
電気はあるけど、ガスはなし。水は井戸水。そして携帯電話は通じない。
田園風景のどかな、まさしくここはドが付く田舎。
そんなところに、かの検察局きっての天才検事・御剣怜侍が1週間の有給と共にやってきた。
普段の生活ですら、一般人とは頭1つ分も2つ分も抜きん出た高級志向の彼が
………この田舎での1週間の滞在を終えて、今日帰る。
楽しみでもあったし不安もあったけど
彼にいい思い出を持たせられたかな――…?
***
朝。
実家の玄関では、子供達による号泣の大合唱が延々と続いていた。
「うぉああああぁぁぁあああ〜!!」
「ヤダヤダヤダヤダー!!ヤァアアアダァアアアア!!!アアアアー!!」
「うぇぇええええぇぇええええ〜〜〜ん!!!」
涙だけじゃなくて鼻水までも盛大に垂れ流して泣き叫ぶ子供達。その標的となっている御剣さんは、慌てはしないものの眉間に皺を寄せつつその綺麗な眉を下げて、非常に困った表情でそれを見ていた。
…一応、これを予測してたから夕べのご飯時に「明日帰るからね」って言い聞かせていたんだけど…その時は明るく「うん!」って言ってたのに、土壇場でその本当の意味に気付いたらしい。
「あーちゃん、まーちゃん、ジロ君。泣いたら御剣さん困るでしょ?ほら、バイバイして。ね!?」
おっとりと、でも強い口調で3人の母親でもあるお姉が宥めているんだけど、全然聞かないというか聞こえていないようで。誰かが話しかける度に腕をぶんぶん振り回して、その泣き声のボリュームを上げる。
特に長子であるあーちゃんの取り乱し方が凄まじい。どこにそんな水分があるのかと不思議に思うほど、ボロボロと大粒の涙を流して泣き喚いている。一番年上だから一番理解しているだろうと思ってたんだけどな…
「埓があかないわねぇ。こっちで何とかするから、気にしないで行きなさい。バスの時間もあるでしょう?」
私の母親がそう促す。途端、子供達の物凄い悲鳴が響き渡った。
「行っちゃやだぁあああああああああ!!ミツルギィイイイ!!」
「ヤダァァアアアア!行かないでミツルギィイイイ!!」
「みちゅるぎー!!いなくなりゅのヤダァアアア!!」
………私はいいのか。
子供達の残酷な素直さに、ほんの少しやさぐれてしまう私である。
御剣さんは暫く子供達を見下ろしていたが、不意に身体を屈めるとその膝を片方を土間に付いて子供達と視線を合わせた。
そしてポケットからハンカチを取り出すと、涙で顔面ぐちゃぐちゃのあーちゃんの目にそっと優しく押し当てた。
「あまり泣くと、目が腫れる」
「うー!!うあああ〜みつるぎぃ〜〜みつっ、るぎぃ〜〜行っちゃああやだぁああ〜〜」
「心配するな。また来る」
「うっ、く…うううう〜〜…あじだぁ?」
「…そうだな。明日ではなく、今度は冬に来よう」
「あじだじゃなぎゃヤダァアアア〜〜」
身体を左右に捻って、腕も一緒にぶんぶんと左右に振って、あーちゃんが身体を仰け反らせて駄々を捏ねる。
「うム…しかし。私が帰らずにここにいると、悪い人がどんどん増えてしまうのだよ。私の仕事は何なのか教えただろう?」
「ひっぐ…わるいごどじたひどをぉ〜…っふ、く…こらぁっでおごるじごど〜〜〜」
えーっと…"悪い事した人を、コラって怒る仕事"か。そんな説明でいいのかとも思わなくもないけど、まだ小学校低学年だからそんなもんでいいのかな。
あーちゃんの言葉に、御剣さんは頷く。
「そうだ。怒る人がいないと、悪い事をした人はもっと沢山の悪い事をしてしまう。悪い人が増えたら。君の所にも悪い事をしに来るかもしれない」
「わるいひどぎだら、ミツルギパンヂでやっづげればいい〜〜〜」
「ム。1人ならやっつけられるかもしれないが、沢山はやっつけられない。それに、誰かが怪我してしまうだろう?」
「ケガやだぁああ」
「そうだな。だから悪い人が沢山出てこないように、私は行かなければならないのだよ」
「う゛ーーー!う゛ーーーー!」
泣き声はだいぶ落ち着てきたが、ギリギリのところで納得できないのだろう。あーちゃんは真っ赤に泣き腫らした目をぎゅっとつぶって、唇を噛んで呻いている。
「君のお父さんも、仕事をしに行くだろう?君達のご飯や服やおもちゃや、温かいお風呂を与えるために外で働くのだ」
「ううー、ふ、うー…」
「私は悪い人から君達を守るために、今から行ってくる」
「ふ…う、ぇ……ふ、……ううう〜」
「必ず帰って来る。沢山悪い人を怒って、またここへ帰って来る。私の仕事は、嘘つきには出来ないのだ。だから私は嘘はつかない」
「う…う、…かえ、って、っぅ…来るぅ?」
何度もしゃくりあげる息を飲みながら、あーちゃんが呟く。御剣さんは「もちろんだ」と力強く即答した。残りの2人も、その雰囲気に飲まれたのか徐々に泣き声を小さくしていった。
「帰って来る。だから、さよならではないのだ…私に"行ってらっしゃい"と言ってくれないか?」
あーちゃんが頷く。御剣さんは安堵の溜息を微かに零して笑うと、すっくと立ち上がって子供達をまっすぐ見下ろした。
「では、行ってくる」
「う゛…いっで、らっじゃ、い」
「いってらっじゃーい」
「いでらじゃーい」
涙で肩を震わせながら、子供達は小さな手を御剣さんに向けて振る。それを満足そうに眺めて、御剣さんは子供達の後ろにいる私の家族と短い挨拶を交わしてから、ようやく玄関をくぐって外へと出た。
「何とか落ち着きましたね」
御剣さんの左側に並んで、私は御剣さんを見上げた。
「しかし、また忙しくなるな。年末年始は元々休みだが、それに残りの有給を上手く配置すれば…しかし今回ので相当使ったからな」
真剣に休みの計算をしている御剣さんに、私は目を丸くさせた。
「…御剣さん。また来るんですか?」
「当たり前だろう。帰ると約束したのだからな」
"何を言っているのだ"と言いたげな、ムッとした表情でこちらを見てから、御剣さんはまたぶつぶつと休み取りの算段を始めた。
私はぽかんとそんな御剣さんを見ていたが、胸の奥を温める嬉しさに少し照れを覚えて視線を逸した。
"来る"じゃなくて
"帰る"なんだ、御剣さんの中では。
…そんな事に気付いて、私は口元を綻ばせたのだった。
***