過去拍手
□夏は田舎へ行こう!-06
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飛行機2時間、バス1時間、フェリー4時間、バス2時間…
計9時間の行程を経て辿り着くのが、私の実家。
電気はあるけど、ガスはなし。水は井戸水。そして携帯電話は通じない。
田園風景のどかな、まさしくここはドが付く田舎。
そんなところに、かの検察局きっての天才検事・御剣怜侍が1週間の有給と共にやってきた。
普段の生活ですら、一般人とは頭1つ分も2つ分も抜きん出た高級志向の彼が
………この田舎でどんな生活を送るのか。
楽しみでもあったし不安もあったが、意外と馴染んでいる彼に私は驚きを隠せない。
***
丸い小石の滑らかな感触が、素足の裏に心地いい。
ここは清涼感に満ち溢れる、流れも穏やかな小川。蒸し暑さのピークである昼にも関わらず、この場所は別世界のようにひんやりとして涼しい。
そんな小川のほとりで、私は網に入ったスイカの傍でスイカ番をしていた。丸々とした大きなスイカは、小川の穏やかな水流の中に浸かっていて芯まで冷えている。
御剣さんも一緒だ。もちろん彼は…
「あーちゃんキック!」
「ム、うお!?」
歩いているところにあーちゃんの細い足が飛び出してきて、それを避けようとした御剣さんがバランスを崩して転ぶ。ばっしゃーんと派手な水音と飛沫を周囲に撒き散らして。
「アハハハハハ!」
「っ…怪我はないな」
あーちゃんとまーちゃん、そして甥のジロ君にまで笑われているのに、御剣さんはホッと安堵の表情で肩まで川に浸かっていた。
私はスイカ番。御剣さんは…子守り番。
愛想は相変わらずないのに、何故か御剣さんは子供達に大人気だ。例のクソガキ5人衆とも"勉強"などと称して、毎度どこぞやで行方不明になる。
ちなみに…あの甘いマスクで老若問わず女性人気も高く、博識と肩書きで男衆も一目置いている…総じて、村全体で御剣さんは受け入れられているのであった。
その事については、正直ほっと一安心する。やはりのどかな田舎村だとはいえ、その結束は固くて余所者に対する目は厳しいのが事実。
御剣さんがここに来るって聞いた時は、結婚前提云々以前に村がどういう反応をするのかが一番心配だったけど…連れてきて良かったな。
…そうやって物思いに耽っていると、また御剣さんの悲鳴が上がったので意識をそちらへと向けた。
彼は眉間に険しいシワを刻んで、ばしゃばしゃと地団駄を踏みながら膝丈のハーフパンツの中に手を突っ込んで何やら慌てている。子供達は、そんな御剣さんの周りで手を叩いてはしゃいで回っていた。今度は何をされたんだ…
「く、そっ!」
悪態を付きつつ、御剣さんがハーフパンツから手を引っこ抜く。そこにはヌメヌメした黄緑色の…
「こんなモノをどこから持ってきた!?」
「ミツルギにあげるー!」
「あげりゅー!」
「カワイイでしょー?」
子供達から囃し立てられて、御剣さんは「うぅム…」と呻く。彼の手の中にいた黄緑色の生き物は、ぴょんとひと跳ねすると川へぽちゃんと落ちた。
…どうやら子供達に、ハーフパンツの中に直接カエルを入れられたようだ。
「………ぷっ」
あの鬼検事が。
あの御剣さんが。
ハーフパンツの中にカエルを…
実行したら確実に命が危ぶまれる行為だけど、相手が子供だと形無しだなぁ…と、私は笑いを堪えるのに必死になった。
「――…」
そんな気配に気付いたのか、憮然とした表情の御剣が急に方向転換してずかずかと水を蹴りながらこちらへと歩いてきた。
ちょっとしたその迫力に、思わず身体を強ばらせていたら、あっという間に目の前までやってきた。
「………」
「………」
見下ろす御剣さん。座って見上げる私。お互い無言で見つめ合っていたら…
ばしゃーん。
いきなり御剣さんが水を蹴り上げた。
私に向かって。
大量の水を頭から被るハメになっても、私はやっぱり硬直したまま御剣さんを見上げていた。彼は実に満足そうに唇を歪めて「フッ」と冷笑を漏らす。
「………」
ゆっくりと事の次第を理解した私は、視界の端に捉えた"ある物"をわしっと掴むと、無言のまま立ち上がった。
御剣さんは一瞬だけ怯んだ顔を見せると、おずっと1歩後ろに下がる。
「何だそれは」
「サワガニです」
「どうするつもりだ?」
「………」
「………」
ばしゃん、と私が1歩踏み出すと、御剣さんはばしゃっと1歩後ろに下がる。
そして次の瞬間…
「アナタ!なんで未来の妻から逃げるんですかっ!?」
「君のソレは洒落にならんからだ!!」
ばしゃばしゃばしゃばしゃと、小川を蹴散らしながら必死の形相で猛然と逃げる御剣さんと、それを追いかけるサワガニを持った私の追いかけっこが始まった。
子供達はぽかーんと呆けたような表情で私達を見ていたが、知ったことか。
でも。
こういうやりとりも、結構楽しいですね。御剣さん。
***