過去拍手
□夏は田舎へ行こう!-05
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「いやホント、夢みたいだよ。酒飲む人って、この家じゃ僕だけだから」
「はい」
「まだ籍は入れてないけどさ、息子と酒を酌み交わすってやってみたかったんだよね〜」
息子と父親が、酒を酌み交わす…その言葉に、御剣は少しだけ目を細めて「はい」と頷いた。
そんな小さな変化に気づいたのか、父親が注がれたビールを1口飲んでそっと呟く。
「娘から軽く聞いたけど、怜侍君のお父さんはもうお亡くなりになっているんだよね」
「……もう15年以上前になります」
「怜侍君見れば分かるよ。きっと素晴らしいお父さんだったんだろうね。僕はね、こう見えても人を見る目には自信あるんだよ」
冗談っぽい口調でハハハと笑う父親に、隣でお茶を飲んでいた母親が「はいはい」と呆れながら適当な相槌を打った。
そのやりとりを微笑ましく見つめて、御剣は「えぇ」と短く答える。
「父とこうやって、酒を酌み交わすという事を…私もしてみたかったですから。ご相伴に預かれてとても嬉しいです」
「ハハハハ。嬉しいなぁ。でも僕は高卒だし農業しか出来ないし、怜侍君のお父さんみたく凄くはないよ〜うん」
「そうですよ。この人をおだてるのはよしてください、御剣さん」
さざなみのような笑い声と会話に、御剣はいつになく楽しそうにグラスを傾ける。
彼らが御剣にと、わざわざ遠い所まで出て買ってきたというワインは、所謂テーブルワインと呼ばれる庶民派ワインで、普段から格付けワインを嗜む御剣からすれば歯牙にもかけない銘柄だろう。
しかし。味云々ではなく彼らの気持ちが、好意が、御剣には有り難く心の底から嬉しいとさえ思えるのだ。
「御剣さんのお母様は、ご健存なんでしょう?」
「えぇ……そういえば暫く会っていませんね」
母親の話に、御剣ははたと気付く。最後に会ったのはいつだろうか。
住んでいる場所は知っているが、もう何年も戻っていない。帰れない距離ではないし、彼女の田舎と比べたら遥かに近い場所だというのに。
…以前、週刊誌で黒い疑惑を書き叩かれた時に母親から電話が来たような気がする。しかし、忙しさを理由にして取り次がなかったのだ。
これが終わったら…一度、顔を出しに行こうか。
酒を酌み交わすとまではいかないが、小さな手土産と共に少し話でも出来れば……
「今更という感じがするのですが、嬉しいものですかね?」
御剣がそんな疑問を口にすると、目の前の2人は「嬉しいよ〜」「えぇ」とテンション高く同意を示した。
「娘が帰って来るってだけで村中大騒ぎだからね〜。あの子の場合は、連絡なしで帰って来るから余計に」
「成人して自分で自活出来ているとはいえ、どうしても親は心配するもんですけど…元気で幸せそうな彼女をちょこっと見れるだけで安心するんですよ」
いやぁ参るよ〜、と苦笑する父親とは対象的に、母親は小さく笑ってそう口にした。
2人の言葉に、御剣はどこか安心したような笑みを浮かべ、グラスに口を付ける。やはり、これが終わったら一度母親のところに顔を出してみようと、その段取りを考えながら。
しかし、今日だけは"家族"と心ゆくまで語り合おう。
帰られる場所がある事の心地よさをゆるゆると感じながら、御剣はほのかに笑った。
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