過去拍手

□夏は田舎へ行こう!-05
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飛行機2時間、バス1時間、フェリー4時間、バス2時間…



計9時間の行程を経て辿り着くのが、私の実家。

電気はあるけど、ガスはなし。水は井戸水。そして携帯電話は通じない。



田園風景のどかな、まさしくここはドが付く田舎。



そんなところに、かの検察局きっての天才検事・御剣怜侍が1週間の有給と共にやってきた。



普段の生活ですら、一般人とは頭1つ分も2つ分も抜きん出た高級志向の彼が



………この田舎でどんな生活を送るのか。




楽しみでもあったし不安もあったが、意外と馴染んでいる彼に私は驚きを隠せない。




ミミミミミミミミーーーー…


夕暮れの縁側。暮れゆく朱色の空に、蝉の声がわんわんと木霊する。

そしてそこで、私のお父ちゃんと御剣さんが将棋盤を挟んで対峙していた。

「…チェック」

「うっ!ま、待って!」

ぱちんっと木が木を叩く小気味よい音と共に、御剣さんの形のいい唇から落ちる短い終了宣言にお父ちゃんが顔色を変えて唸った。

「…お父ちゃん。それもう7回目だよ。いい加減に諦めたら?」

私は2人の真ん中でごろんと腹ばい状態で寝転がり、両肘を付いて顎を乗っけながら盤を見つつ呟く。

「い、いや!諦めたらそこで試合終了だって、どこかの先生から聞いた事あるし!」

「でもさ…飛車角取られて金将もないし、あと動かせるのは…え?桂馬と銀?どうすんの?無理じゃん。っていうか何されたらそんな状態になる訳?」

「うぐぐぐ…」

「父君をあまり責めるでない…私は構いませんが」

責めてるっつーか、攻めてるのは貴方じゃないんですか?御剣さん。

…そんな私のやり場のない心の中のツッコミは誰にも拾われず、お父ちゃんは「優しいね〜怜侍君」だなんて嬉しそうに駒を戻した。

またその数分後に「待った!」と叫ぶんだろうな〜と、何となく予想しながら盤を見つめる。

御剣さんは、将棋はこれが初めて。でも「チェスが出来るなら将棋も出来るよ」というお父ちゃんの勧めで対局しているのだ。

お父ちゃんは私の爺ちゃん…お父ちゃんからすれば、舅になるのかな?…から、めちゃくちゃに鍛えられて田舎でも結構なやり手だったんだけどな。

うーん、やっぱりこういうのは…御剣さんの方が上なのか。

盤上では、お父ちゃんの王将を隅に追い詰めつつも、その逃げる様を楽しむかのように御剣さんのあらゆる駒が追いかけている光景が見える。

それは裁判で、成歩堂さんを追い詰める手法とダブって見えた。一言で言うと、えげつない。

「…では、遠慮なくチェック」

「うぎぎぎぎ………待っ――」

「あーもー!イライラする!男ならすっぱり負けを認めたらどーなのお父ちゃん!」

「な、何をぅっ!?まだ負けたとは」

「っていうかいつの間にか最後の銀将取られてんじゃん!桂馬でどうするのよ!ほら、交代!!」

「えっ?」

「次は私がする!そこどいて!」

座布団からお父ちゃんを蹴り出す勢いで追っ払い、御剣さんの目の前にどすんと座ると「ほぅ?」と彼の唇が愉悦に歪む。

「親の仇討ちか。麗しい絆だが、私は容赦せんぞ」

「御剣さんこそ。矢倉崩しのお銀と言わしめた私を舐めてたら痛い目見ますよ」

「………君の名前に銀の字は入ってないだろ?」

「銀将の銀ですよーだ。はい!一局お願いします!」

パチパチパチパチ…

2人で駒を手際よく配置してから、私は先攻の御剣さんの一手を待った。




「……では、ほら。チェックだ」

「うっ……ま、待って!」

「…本当に君達2人は親子なのだなと、心の底から実感するよ」



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