そんな時はどうぞ紅茶を
□番外編:御剣検事は心配性
1ページ/6ページ
『…彼女を、よろしく頼む』
***
夕方が夜へと移り変わり出し、空が群青色を帯びだした時刻に成歩堂事務所のドアが開いた。
「ごめんください」
「ようこそいらっしゃいました!真宵様、なるほどくん、澪さんが見えられましたよ」
「あ!どうぞどうぞー!狭いけど!なるほどくん、澪ちゃん来たよ〜!」
「お疲れ様、峰沢さん。御剣から連絡受けてるから、遠慮なく入って来て」
「そうなんですか?…あ、コレ。よかったら皆さんで」
そう言って澪が小さめの白い紙袋を成歩堂に差し出した。受け取った成歩堂の横で、真宵がわくわくと興味津々でそれを見つめる。
「気を使ってもらっちゃって悪いね」
「いいえ。その…うちのホテルのシェフが3時のおやつで作ったもので。買ったものじゃなくて申し訳ないんですが」
「いいのいいの!タダなら気兼ねなく食べられるし!」
「タダじゃなくても、真宵ちゃんはいつも気兼ねなんかしないじゃないか…」
「わ〜!素敵なチョコレートのケーキですねー!」
「はみちゃん、これはチョコレートケーキじゃなくて…えっと……ゴドーショコラっていう――…」
「ガトーショコラだから。真宵ちゃん、春美ちゃん、お皿出してきてよ」
成歩堂に言われて、真宵と春美が「はーい」と明るく返事をすると、きゃいきゃい楽しげにミニキッチンへと向かって行った。
「御剣も時間かかるだろうから、峰沢さんは適当に座って待ってなよ」
「あ。はい」
澪は成歩堂の言葉に小さく頷くと、応接セットの1人掛けソファに腰を降ろした。成歩堂はというと、デスクの上に乗せたままだったファイルや書類をまとめている。そんな姿を見ながら、澪は部屋の中をきょろきょろと見回した。
「…はは、散らかってるだろ?僕、片付けが苦手でさ。真宵ちゃん達がいるから、これでもまだマシなんだけど」
「いえ。成歩堂さんの事務所…というより、弁護士さんの事務所って初めてで」
「狭いし、あんまり見所ない事務所だけどね。あ、でも御剣の執務室は色々と置いてあって楽しそうだよね」
唐突に御剣の話題が出てきて、澪は「え」と戸惑って頬を少し赤らめた。彼と恋人関係になって8ヶ月目が過ぎようという現在、2人の関係は大体の人間が知っているのは澪も承知しているが、話題になってしまうと照れが先走る。
「えー、私、みつるぎ検事の執務室って見た事なーい。ねぇ澪ちゃん、どんな感じなの?」
「…えっと」
春美と2人で皿に乗せたガトーショコラを人数分運んできた真宵が、澪に話しかける。少し赤らんだ頬をそのままに、澪は宙を見上げて少し考え出した。
「全体的に赤いです」
「あー。赤はみつるぎ検事カラーだもんね。車も確か真っ赤っかだったし」
「チェスボードもあって…」
「チェスって、外国の将棋ゲームだよね?みつるぎ検事って、本当オシャレだねー!ねぇなるほどくん、あたし達も何か置こうよ!チェスに対抗して…囲碁とか!」
「…一応、法律事務所だから。寄合所じゃないから。ココ」
「あとは、紅茶が沢山置いてあって、ティーセットも置いてます」
「みつるぎ検事って紅茶好きだもんね〜。執務室にも置いてるって事は、自分でも淹れたりするのかな?」
「言われてみれば…私、御剣さんが紅茶を入れるところを頻繁に見ないです」
「それはそうだよ。だって、今は峰沢さんが淹れてくれるじゃないか」
「――…」
成歩堂の朗らかな言葉に、澪はますます顔を赤らめて口を噤む。そんな変化に、真宵と春美はにやにやと笑みを浮かべた。
「そっかー!そうだよねー!恋人が淹れてくれるんだから、自分で淹れたりしないよねー!」
「みつるぎ検事さんは、愛する人手ずからのお紅茶も愛してらっしゃるのですね。素晴らしいですわ」
「そ、それは……その、そういう注文を受けてますから」
しどろもどろで澪が反論した時だった。
「あら。随分と賑やかね」
唐突に割って入ってきた女性の声に、一同がその方向をはっとして見ると、事務所の入口に水色の髪を切りそろえた女性が腕を組んで立っていた。
***