そんな時はどうぞ紅茶を

□番外編:隠れんぼの朝
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バスルームで軽くシャワーを浴びた澪は、ルームウェアに着替えてキッチンに立っていた。たっぷりの水を入れたケトルをコンロに掛けて、その湯が沸くのをぼんやりと待つ。

カウンターに用意したカップは、一応2つ。自分の分と御剣の分だ。確か今日の彼は、仕事休みだと言っていたから、まだ起きて来ないかもしれない。けれど澪は、自分の分だけの紅茶を用意するのを躊躇った。

水道管工事の際のトラブルで、自分の部屋が水害に遭ったのは3週間前。それの改修工事の期間中、住む所がない澪は御剣のマンションに転がり込んでいたのだが…

「………」

今日までここで過ごしてきた日々を思い返していた澪が、ふっと表情を翳らせる。今日の午後、改修工事が終わった部屋の引き渡しが済んだら、自分は元の生活に戻らなければならない。



………

……

…帰りたくない、



だなんて。

さすがに我が儘すぎるし、それに少し古臭い。

しかし、御剣と3週間ずっと同じ空間で過ごしてきて、明日…いや、今日の夜から1人で過ごさなければならないと思うと、仄暗い寂しさの底へ澪の心が沈んでいく。いつか帰らなければならないと分かっていたのに、気持ちが落ち込んでいくのを止められない。

ゆっくりと、でも確実に進んでいく時間の流れを感じながら、澪はふっと目を閉じる。涙が滲みそうで、そんなところを御剣に見られたら困らせるだけなのに。

シュンシュンとケトルが蒸気を吹く。澪はのろのろと緩慢な動きでIHコンロを切ると、ケトルを手に取ってカップにお湯を注いだ。こうやってカップを温めている内に、今日のリーフを選ばなければ。

「えっと…」

澪はケトルをコンロへ置くと、その場にしゃがみこんだ。カウンター下の収納に、御剣が揃えているティーキャニスターがあるのだ。整然と揃えられているラベルを暫く眺めてから、澪は何も書かれていないキャニスターを手にした。

これは御剣が自身でブレンドしたリーフ。すごく香り高いのに、味わいは穏やかでクセがなく、とても飲みやすい。どこかにありそうで、どこにもなさそうな。でもふとした瞬間、無性に飲みたくなる。ここで過ごす最後の思い出は、この紅茶を…

そう思いながら澪が立ち上がろうとした瞬間だった。



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