そんな時はどうぞ紅茶を

□Last
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ケトルと右手に、リーフを入れたポットを左手に。

澪はいつも通りの手順で紅茶を淹れる。

高く掲げ持ったケトルから、低く下げたポットへお湯を勢い良く注ぎ入れる。

そしてその様子を、御剣は頬杖を付いて余すことなく見つめる。

「…注目されると、緊張します」

お湯を注ぎ終えたポットに蓋をし、澪は蒸らし時間を腕時計で確認しながら呟いた。

「うム。何となく眺めてしまう。君が紅茶を淹れる姿を見ていると…忙しい日常の流れが穏やかになる感じがしてな。それが好きなのだよ」

ストレートに"好きだ"と言われて、澪は顔を赤らめて狼狽える。自分自身の話ではなく、紅茶の話なのだと脳内で必死に諭した。

御剣は「それに」と話を続ける。

「また前みたいにヤケドをされると困るから、注視している意味合いもある。全治3週間だとか言われて君が来なくなるのは、もうごめんだ」

「………」

痛いところを突かれて、澪はぐっと押し黙る。あれから3週間ほど経ったというのに、まだ根に持っているようだ。

あれから――…名前も知らない海で彼から想いを告げられた、あの夜。

交わした言葉は少なかった。御剣は熱に浮かされたように、何度も何度も「好きだ」「愛してる」と繰り返しながら唇を寄せて。そして逆に自分は、何も言えずに目を閉じ、震えながら受け止めるしか出来なかった。

最終的に…息継ぎが上手く出来ずに酸欠でくらくらと目を回した澪に、御剣が「すまない」と小さく笑って終わったのだが。

…一応誤解のないように言うと、それ以上のそのようなアレな事は一切なく、御剣と暫く無言で海を眺めてから帰ったのである。

「………」

あの日の事を、頭の中で順序よくなぞってから澪は頬を赤らめる。明確なセリフはなかったのだが…

今の自分達は、その……所謂



"お付き合いしている"



…という事でいいのだろうか?

彼が自分の事を好いてくれているのは、よく分かった。御剣の考えがはっきりと分かったおかげで、以前のように情緒が不安定になったり取り乱したりしなくなった…

………いや。それは撤回する。やっぱりまだおかしい。気恥ずかしいというのか、信じられないというか…ドキドキするというか。きちんと落ち着くまでの道のりは、果てしなく遠すぎるような気がした。

「………何を考えてる?」

ぐるぐると考え込む澪の耳へ唐突に入ってきた御剣のセリフに、「はいっ!?」と上擦った返事をしてしまった。そんな反応を見せた澪に、御剣が訝しげに目を細めたので澪は慌ててポットを手に取るとカップに紅茶を注ぎ入れた。

「……私の質問は無視か?君は無視するのが好きなのだな」

「そ、その…そういう訳では」

「ならば、答えたまえ。何を考えていた?…あぁ、嘘はつくなよ?」

再び無言になった澪は、カップの8分目あたりまで紅茶を満たすと、ソーサーに乗せたそれを御剣のデスクまで運んだ。

「その……怒らないでくださいますか?」

「内容による…しかし、何だ。君は私が怒るような事を考えていたのか?」

御剣にカップを手渡して、澪はそわそわと落ち着かない仕草を繰り返す。

「…愚問、だと言われそうで…その」

「内容で判じる。とっとと言うんだ」

促されて、澪は一度目を閉じると、深呼吸をしてから御剣を伺うように見た。

「あの……その、ですね……わ――…私と御剣様は、えっと……どのような関係なのかな〜と…」

「…何?」

ひく、と御剣の眉間にシワが寄る。澪は目を剥いてばたばたと慌てた。

「そ、その!えっと、だから…ここここ……こー……コイ、ビトといいますか、カレシカノジョといいますか」

「………」

「ですからそのー……あー…ただの従業員とお客様っていう関係じゃなくて、恋人って思っても…その……間違いないん…です、よね?」

「………」

御剣はぽかんとした顔で澪を見つめる。あまり見ないその表情に、澪は内心ひーんと弱い泣き声を上げた。呆れてる。物分りの悪い自分に、相当呆れていると。

ふーーーっと、御剣は長い溜息を吐き出した。

「何故そんな事を思うんだ?私の気持ちがまだ分からないとのたまうつもりか君は」

「い、いえ!御剣様のお気持ちはちゃんと分かってます!」

「ならば何故?」

「だって、その……

………

その……すっ、好きとしか…聞いてませんから」

たっぷりの間を挟みつつ、ぼそぼそと小さく答えた澪の言葉に、御剣は再びはぁっと重く溜息を付いた。

「全く…」

「す、すみません。愚問でしたねやっぱり」

「全くもってその通りだな。大体君は」

険しい表情で口を開いた御剣だったが、不意にその言葉が途中で途切れた。澪はその不自然さにきょとんとする。

「いや…この話は、じっくりと時間を掛けて語る事にしよう。君も自分の分を用意したまえ」

「…は?」

「紅茶だ。長くなるから、紅茶でも飲みながら説明すると言っている」

「で、ですが私はその…勤務中でして」

「ほう、奇遇だな。私も勤務中だ」

「………」

「分かったか?準備が出来たらそこのソファに座るんだ」

「…はい」

のろのろと、澪は緩慢な動きでカップを取り出すと紅茶を注ぐ。自分の分を自分で淹れるのは少々複雑な気持ちになるが、澪は言われた通りに用意をするとソーサーに乗せてソファへ腰掛けた。

それを確認した御剣が、自分のカップを左手で持ったまま澪の隣に腰掛ける。ぴったりと身体を寄せて、空いている右腕をその背中に回した。

唐突な密着加減に、澪は身体を縮こませると泳ぎがちな視線を手に持つカップへと落とす。

「では、乾杯と行こうか」

「は、はぁ…あの……何に?」

「ふム…そうだな。では」

御剣の唇が、澪の小さな耳の輪郭に掠めるように触れる。ぴくっと澪の肩が跳ね上がったのを視界の端に捉えながら、御剣は薄く笑って囁いた。



「私達の幸福な未来に――…」



疲れた時、楽しむ時。

語りあいたい時、一緒にいたい時。

彼と過ごす、これからの様々な…そんな時は。

どうぞ、紅茶を。



****END.
あとがきというか、言い訳と言うか…>>
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