そんな時はどうぞ紅茶を

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長い時間走っていた車は、徐々に速度を落としてやがて高速を降りた。

荒々しく吠えていたエンジン音は、落ち着きを取り戻したかのように静かになる。それはまるで、無言を貫く澪の姿に落胆したかのようだった。



――…キッ。



「?」

短いブレーキ音と共に、車が止まる。その振動に澪は伏せていた顔を上げて窓の外を見た。どこかの海岸線のようで、闇夜の中で時折白く波がうねる様が見て取れた。

「………」

夜の海。黒い海。広さも距離も分からないそれを、澪は今の自分の心境に重ねる。



ばたん。



御剣が運転席のドアを開けて外へと出ていくのを、澪は変わらず背中で察する。やがて自分の視界に、御剣の背中がゆっくりと入ってきた。

彼は車の方を振り返らず、海を眺めるようにその場に佇む。いつも自信に満ち溢れている大きな背中は、今にも崩れてしまいそうなほどに酷く頼りなく見えた。

「………」

飛び出そうか。今すぐ、このドアを開けて彼の背中を抱きしめたい。しかし…何故そんな事をしようと思うのか、その理由が澪には分からない。

自分と御剣とを隔てるドアの窓に、そっと指を滑らせる。こんなにも近いのに遠く感じてしまうのは、臆病な自分のせいだ。

今の自分が抱える、自分でも訳が分からない心を正直に伝えたら、遥か遠くに感じる彼との距離は少しは縮まるだろうか。

「………」

そう逡巡して、澪は少し俯くとドアノブに手をかけ、ゆっくりと指先に力を込めた。



ガチャ



…2人を隔てていたドアはあっけなく開く。御剣にもその音は届いただろうに、微動だにせず海を見つめている。澪は騒ぐ鼓動を必死に飲み込みながら、ゆっくりと外へ出た。

遠くから微かに聞こえる、潮騒の音。深呼吸をすると潮の香りが肺いっぱいに満ちる。助手席から降りてすぐの場所から動けない澪は、両手を胸の前で握り締めて、懸命に声帯を震わせた。

「…………御剣、さん」

――…やはり、自分はおかしい。名前を呼ぶだけで、心が粟立つ。

呼ばれた御剣は振り返らなかったが、名前を口にしただけで動揺してしまう澪の状況からすれば、それは返って良かった。これで振り返った彼の顔を目にしたら……本当にどうなってしまうのか分からなくて怖い。

澪は言葉を紡ごうと、喉をごくっと鳴らす。動かない彼の背中を見つめながら、最初の音を探した。



***
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