そんな時はどうぞ紅茶を

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とにかく御剣から離れなければ。

それが、澪が選んだ行動だった。



情緒不安定なのも、自分が自分でなくなりそうなのも…全て御剣が原因なのだ。つまり彼に関わらなければ普段通り過ごせる。

それは昨日、検事局からホテルへ戻る道すがら考えた事だった。

左手を充分すぎるほどに冷やした後、1202号室へ戻る足取りをこれでもかと重くしながら向かっていた澪だったが、その途中の廊下で例の女性に呼び止められた。御剣と親しげに話していた、水色の髪の彼女である。



【紅茶はもういいわ。ホテルへ戻る前に、まずは医務室へ行きましょう】



その命令じみた言葉に、澪の心にまた黒い感情がじわりと滲み出す。用無しと言われたようで、「ですが」と思わず反論の声を上げた。



【落としてしまった物は片付けて持ってきたわ。後はレイジにやらせるから、気にせず貴方は医務室へ行くの。案内なら私がするわ】

【……いえ。結構です。大丈夫ですので】



突き放すような冷たい言葉に、口に出した澪本人が逆に驚いた。こんな声を出せるなんて知らなかった。

女性は一瞬だけ目を見開かせたが、すぐフッと鼻を鳴らす。



【そういう訳にはいかないわ。これはレイジの指示だから、言う通りにしないと私が怒られてしまうのよ】

【なら…大丈夫と峰沢が言っていたと伝えてください。お手数をおかけして申し訳ありませんでした】




熱湯が掛かったのは事実だが、量もそれほど多くなく、すぐに充分に冷やしたので病院へ行くほどでもない。

しかし。女性が彼の…御剣の名前を口にする度に、心がどんどん凍りついていく。黒々とした嫌な感情に飲み込まれて、思わず叫んでしまいそうだ。

本来なら御剣に直接謝罪すべきだろう。しかし、こんな状態で彼の前に行くだなんて考えられない。女性がワゴンを運んでくれたのを良い事に、このまま立ち去ろう。



【ワゴン、ありがとうございました】



軽く目礼だけをして、ワゴンを押すとそのまま何も言わずエレベーターを目指した。後ろから【ちょっと!】と少し怒ったような女性の声が聞こえてきたが、それも無視してとにかく地下駐車場へ戻ったのだった。

ワゴンを車のラゲッジスペースへ仕舞いこみ、運転席に座った澪はハンドルに腕を組んで突っ伏した。目をギュッと閉じ、自分の中心で渦巻く様々な感情を押さえ込む。

………

……

…嫌だ。

こんな自分は知らない。

あの女性に、八つ当たり紛いの対応をしてしまった。どう見ても自分より年下なのに、何であんな事をしてしまったのか…

この事を、彼女は御剣に言うだろうか?御剣はどう思うだろうか?こんな嫌な自分を、彼にだけは知られたくない。

「………違う」

澪は掠れた声で呟くと、ますます目をきつく閉じる。この期に及んで、御剣にどう見られるのかを気にする自分に吐き気がした。

……これ以上、彼の傍にいたらダメだ。澪はそう強く思いながら、辛そうに顔を上げるとキーを回してエンジンを掛けた。

次に御剣に会った時、自分が何をしでかすか分からない。それが…怖い。彼と会う事で自分がおかしくなるのなら、今後近づかない方が絶対いい。



離れないと。遠くに、逃げないと――!



それだけを頭の中で繰り返し念じながら、澪は車を発進させた。



***
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