そんな時はどうぞ紅茶を
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1202号室。
ドアを2回ノックして、「入りたまえ」といつもと変わらないやりとりを経て、澪は執務室へ入った。
「失礼し…」
瞬間、澪は硬直する。そんな彼女の様子を、2つの視線が見つめた。1つは御剣。そしてもう1つは…
「………ご歓談中、でしたか?」
澪から思わず固い声が出る。御剣に向けた言葉だったが、反応したのは彼の執務机に腰掛けた女性だった。彼女は艶のある水色の髪をあご先で切り揃えた、それは目を瞠る美しい女性だった。
「ご歓談なんてしてないわ」
「まったくだ。峰沢君が気にする事はない。準備を始めてくれ」
「…かしこまりました」
澪は強ばった表情で頷くと、ワゴンを御剣に向かって押す。2人の邪魔にならない空間を見極めて、いつもより遠い場所で立ち止まると準備を始めた。
「気にする事はない…って貴方に言われると癪だわ。レイジ」
「事実を言ったまでだ…というより、そろそろ机から降りてはくれないか?椅子ならそこのソファにでも座りたまえ」
澪が準備をする傍らで繰り広げられる、親密さを窺わせる2人の会話。澪は胸の奥に蹲る(うずくまる)重苦しい感情を、唇を引き結んで必死に堪えた。
2人の会話は、続く。
「私がどこに座ろうと勝手でしょう?わざわざアメリカから帰ってきたというのに、相変わらず冷たい男ね」
「行儀の問題を言ったのだが…あぁ、峰沢君」
「っ!は、はい」
「すまないが、彼女にも紅茶を1つ」
御剣の、何気ない指示。しかしその瞬間、胸の奥で蹲っていた重い感情が、澪の心臓をどくっと叩いた。
(成歩堂さんの時はダメだったのに)
(この人は、別なんだ)
脊髄を駆け抜けた思考に、澪は驚愕する。今、私は…何を――?
「……峰沢君?」
「…かっ、かしこまりました」
御剣の気遣わしげな声に、澪は慌てて了承する。妙な勘ぐりをした罪悪感に彼の顔が見れない。
しっかりしろ、しっかりしないとと…さっき考えたばかりだろう、と澪は自分を叱咤しながらティーキャニスターからポットへリーフを落とした。
挙動不審さを必死に取り繕う澪を見ながら、女性が再び御剣に会話を振る。
「気が利くわね。でも、なんでわざわざホテルから紅茶を?」
女性の言葉に、澪は息を飲む。それは自分が知りたい事の1つだったからだ。
彼は未だに、自分の紅茶をはっきりと評さない。前に一度「なかなかのアレだ」と言われたが、それが何を意味するのか分からなかった。
「ここにある、貴方のコレクションが泣いてるわよ。大体、前は自分で淹れてたじゃないの」
「ム…」
女性の証言で新たに分かった事実に、澪は期待に胸が震えそうになる。以前は自分で淹れていた紅茶を、今は自分に任せてくれている。それが意味する事は……もう。
「彼女の紅茶、そんなに美味しいの?」
核心ともいえるトドメの一言を、女性が口にする。澪は2人を視界に入れないよう目をそらし、はやる気持ちを必死に宥めつつ高々と掲げ持つ魔法瓶から、ポットへお湯を注ぎ入れた。
落差を利用して、お湯の滝がポットへと落ちていく。ガラス製のポットの中で、リーフが優雅に踊る。
その水音とリーフの動きを感じながら、澪は御剣の言葉を待った。
「…私が」
女性の問いかけに応じる御剣の声に、澪の鼓動が高まる。溢れそうになる期待を表に出すまいと、澪は唇を引き結んだ。
しかし。
次に続いた御剣のセリフは、澪が期待していたものではなかった。
「……私がどんな紅茶を飲もうが、それは私の勝手だろう?」
殴られた訳でもないのに
後頭部にガツンと強い衝撃が加わったような気がして
澪の視界が、揺らいだ。
***