そんな時はどうぞ紅茶を
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そして、明後日の約束当日。
御剣の車に乗せられて2人が向かった先は、郊外にある大きな公園だった。例のごとく行き先を告げられていなかった澪は、目の前に広がる広大な自然に目を丸くさせる。
遊具やアスレチックスもあるが、メインは広大な草原の広場。人工的に作られたであろう細い川や池なども存在し、天気のいい今日は家族連れが楽しいひとときを過ごしていた。
「では、行こう」
駐車場からここまで遊歩道を歩いてきた御剣と澪だったが、道を外れて広場へざくざくと草を踏み鳴らして歩き出す御剣に、はっと我に返った澪は慌ててその後を追いかけた。
緑、緑、緑緑緑緑…
果てしない緑の海に、澪は何故ここに来たのかという疑問も忘れて夢中で歩き続けた。
深く呼吸をすれば、すがすがしい空気が肺を満たす。どこまでも続く草原に、いつしか澪の足取りは早くなり、御剣を追い越して先へ先へと進んでいた。
「……」
自分を追い抜いてなおも歩く澪を、御剣は目を細めて小さく笑む。そして特に何も言わずに彼女の後ろを歩き始めた。
本日は晴天なり。
突き抜けるような青空を頭上に、鮮やかな緑の草原を足元に。
澪と、その少し後ろを御剣が歩いていく。
「……ふぅ」
暫く歩いて気が済んだのか、唐突に立ち止まった澪は息を吐く。先はまだまだ草原が続いていて、なだらかに下っている地形になっていた。
下から穏やかに吹き抜ける風が心地いい。ふわりと香る草木の匂いに目を細めると、後ろから付いてきていた御剣が澪の隣に並んだ。その気配に、澪は彼へ視線を向ける。
クラバットにいつもの赤いスーツ…ではなく、洗いざらしの風合いを見せるブラックジーンズにライトグレーのシャツという、かなりラフな格好だ。もしかしたら澪に気を使ってわざとそういう格好を選んだのかもしれない。
歩き続けて少し息が上がった澪とは対照的に涼しい顔を崩さない御剣は、徐にその場に腰を降ろした。
「……」
澪も遅れて、おずおずと彼の隣に座る。とはいっても、その間に少しの距離を挟んで。
2人とも何も話さず、目の前に広がる草原を遠くに見つめていた。そういえば…あの裁判が終わってから初めて会う。その事に気付いた澪は、視線だけ動かして御剣をそっと盗み見た。
いつ見ても端正な横顔。風が彼の長い前髪をさわさわと揺らしていく。眉間に寄せられた険しいシワも、鋭利で冷たい目元も、今は穏やかに緩んでいてその面影は全く見えない。
(…そういえば)
改めて思い出す。裁判が終わった夜、御剣の執務室で自分は彼にきつく抱きしめられたのだ。
澪は視線を動かし、御剣の胸と腕をその瞳に映すと、頬が少しだけ熱を帯びた。
あの胸に、あの腕に、自分は閉じ込められた。彼がその腕に込めた力に、苦しさや痛さや熱さや疑問を綯交ぜ(ないまぜ)にされた。
そして告げられた彼の言葉に、わぁわぁと子供のように泣き叫んだ自分。
「……」
ちょっと…いや、かなり恥ずかしい。御剣はそんな自分が落ち着くまでずっと抱きしめてくれて、何度も「澪」と名前を呼んでくれたのだ。
(でも。御剣さんが言っていた手続きって、結局なんだったんだろう?)
御剣の横顔を見つめながら、澪はひっそりと考える。散々泣き喚いた後、御剣の胸元に出来た盛大な涙の染みに、澪は今度は顔を真っ赤にして謝り倒した。
御剣はそんな澪に苦く笑いながら「大丈夫だ」と告げ、「もう遅いから、送ろう」と執務室を後にしたのだ。
あの時は色々と混乱していて促されるまま素直に従ったが、今改めて思い返しても彼の言う、書類を伴うような"手続き"の行為はなかった。
聞いたら答えてくれるだろうか?
そして…今日、こうやって自分の傍にいてくれる理由も。
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