そんな時はどうぞ紅茶を
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異議あり!!
…成歩堂の渾身の声が、法廷中に響きわたった。
「………」
御剣の表情が、愉悦に歪む。まるで、その言葉を待ち焦がれていたかのように。
「………スキコさん」
「…なっ……何よ」
成歩堂に、一転して静かに呼ばれたスキコは、びくっと警戒するように身体を竦めた。
「貴方は、午前10時15分頃に犯行を目撃した。間違いないですね?」
「え、えぇそうよ。さっきからそう言ってるわ」
「現場のベランダの窓越しに、見たんですね?」
「そうよ。喫茶店の席から、あの女の部屋が見えたわ。もちろん、ベランダの窓からね」
「間違いなく?」
「もちろんよ」
瞬間、成歩堂がニヤリと口元を歪めた。
「……やっと」
「――?」
「やっと、尻尾を掴んだぞ」
確信を持って、成歩堂が呟く。そして1枚の書類を手にした。
「これを見てください。これは現場の間取り図です」
スクリーンに、成歩堂が提出した現場の間取り図が映し出される。玄関、キッチン、6畳の部屋と一直線に並んだ一般的なワンルームタイプで、外はベランダになっている。
「こちらに注目してください。右上に記された方位記号です」
右上には"4"の数字に似た記号が記されていて、それぞれの頂点に"N、S、W、E"と書かれている。方角のアルファベットだ。
「これによると、現場のベランダは東向き。当然、その窓も東側になる…しかし!」
静かに語っていた成歩堂が、次の瞬間、語気を強める。
「それだと、証人が10時15分に犯行を目撃する事は不可能なのです!」
「ふ、不可能ですって!?アタシは確かにこの目で見たわよ!適当な事を言わないでっ!!」
「いいや!不可能だ!何故なら…」
成歩堂は、バンッと机を叩いて身を乗り出した。
「その時間帯は、ベランダの窓に太陽の光が反射しているからだ!」
「「「!?」」」
成歩堂の発言に、法廷が緊張に息を飲む。
「太陽は東から昇り、正午に真南を通って西へ沈んでいく」
静まり返る法廷に、成歩堂の言葉が響く。
「10時15分…この時間なら、太陽はまだ東に位置している。すなわち、東向きのベランダに太陽の光が充分に当たっているという事だ。現場周辺は高い建物もなく拓けていて、太陽を遮る物はない」
成歩堂は、左手人差し指を振りかざし、証言台のスキコに突きつけた。
「太陽の光で白く反射するベランダの窓から、貴方は何を見たというのですかっ!!?」
「―――っ!?」
スキコの肩がびくりと揺れる。すかさず、御剣が「異議あり!!」と割り込んだ。
「事件当時、窓が開いていた可能性もあるのだぞ?!窓が閉まっていたとする根拠を示したまえ!」
「…それは、証人自身が根拠だ」
「どういう事だ?」
「現場は人通りが多いとは言わないが、決して少ない場所じゃない。でも、事件を目撃したと証言したのは、彼女1人だけ」
成歩堂が両腕を組む。
「もし窓が開いていたなら、騒ぎが外に漏れる可能性が高い。それならもっと沢山の証言が出てもおかしくないのに、事件に気づいたのは彼女1人だ」
成歩堂の瞳が、一際鋭さを増す。
「これは、事件当時にベランダの窓が閉まっていたという事に他ならない。そして同時に、10時15分に事件を目撃したという彼女の証言と矛盾するんだ!!」
傍聴席がどよめく。裁判長が「静粛に!」と木槌を唸らせた。
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