そんな時はどうぞ紅茶を

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裁判長に尋問を促された成歩堂は、顎先に指を掛けて暫く考え込む。

そんな少しの間を置いてから、成歩堂はゆっくりと口を開いた。

「……本宅、と我々は呼んでますが、貴方は現場から数キロ離れた本宅で暮らしているんですよね?」

「…本宅、本宅言わないで!!アタシとダーリンの愛の巣はこの世でたった1つなのよ!!あんなオンボロマンションの狭苦しい部屋じゃなくて、5LDKの広くて素敵な戸建なんだから!!」

「いえ…あの……質問に答えてください」

ひくっと口の端を震わせて、成歩堂が沈んだ声で再度問いかけた。スキコは「…そうよ」とむくれて答える。

「随分と遠い所で、ティータイムを楽しんでらしたんですね?」

「え…?」

「数キロ先ですよ?単なる小さなショッピングモールにある、これといって名物もなさげな喫茶店に、何でわざわざ…」

「待った!」

成歩堂の言葉を断ち切る、涼やかな御剣の声。

「ティータイムをどこでどのように過ごそうと、本人の勝手だろう?」

「う…」

小馬鹿にしたような視線で見下ろす御剣に、成歩堂は押し黙った。

「私もホテルから紅茶を頼む事もある。数キロ先だろうが有名でなかろうが、ティータイムをどのように過ごすのかは事件と関係ない」

「ほう!ホテルから紅茶とは、なんとも優雅ですな!」

裁判長が、とても羨ましそうに声を上げた。御剣はフッと冷笑を浮かべて肩を竦めてみせると、「他に言う事はないのか?成歩堂」と挑発めいた事を呟く。

「………では。スキコさん、貴方は10時15分頃に事件を目撃したそうですね」

「そうよ!はっきりと見たわ!!確かにこの女だったのよ!!」

スキコは、びしっと勢い良く澪を指さして叫ぶ。澪はびくっと身体を跳ねた。

「…おかしいですね」

ただ1人、成歩堂はスキコの叫びに動揺する事なく首を傾げてみせた。

「な…何がっ!?」

「事件が起こったのは10時15分頃」

スキコの疑問に、成歩堂は手にした書類を中指でコンコンと軽くノックするように叩く。

「杉田の死体が発見されたのは、夜中の0時30分頃」

「そ、それが何だっていうのよ!?」

「スキコさん、貴方…その間、どうされてたんですか?」

「!?ど、…どうって、何が!?さっき証言したじゃない!!」

上擦るスキコの言葉に、成歩堂は首を左右に振る。

「いえ。貴方は峰沢さんが杉田を刺して立ち去るまでを証言しただけだ。自分の夫がメッタ刺しになったのを目撃した貴方自身は、何をしていたんですか?」

「なっ…!」

「10時15分から翌0時30分…時間にして約14時間。事件の一報を知らせたのは貴方ではなく、峰沢さんだ。貴方は14時間の間、何をしていたんですか?」

「…!」

「愛する夫がメッタ刺しにされたというのに、何で警察に連絡しなかったんですか?」

「…ば、場所が分からなかったのよ!」

「貴方は現場と道1つ挟んだ向かいの喫茶店にいたと言っていた。場所が分からないなんてありえない」

「………う、うぅ…」

「……どうなんですか?スキコさん」

成歩堂の追求に、スキコは証言台の囲いに額を押し付ける。その様子に、成歩堂が安堵の息を漏らしかけたその時…

「うううう…うううああああああん!!!」

「っ!?」

身体を仰け反らせて、スキコは大声で泣き叫んだ。異様な光景に、その場にいた全員がぎょっとしてスキコを見る。

「今でも嘘だと思うのおおお!ダーリンは死んでないってぇえ!!あの日もー!あれはー!夢だってー!夜になればー!帰ってくるってー!!思ってたのおおお!!」

「………つまり」

一番最初に我に返った御剣が、彼女の話を要約し始める。

「君は、犯行の瞬間を夢だと思った?」

「そうよー!あれは悪い夢だって思ったのー!夜になれば、いつもの優しいダーリンが帰ってくるって信じてたのに…信じてたのよおお!!」

証言台の囲いに突っ伏して、わんわんと空気も巻き込んで泣きじゃくるスキコに、成歩堂はまだ呆然としていた。

「…じゃあ、夢だって思ってるなら、何で今証言台にいるんですか…」

恐る恐る成歩堂が問いかける。半目のままで冷や汗をだらだらとかきつつ、スキコに訪ねた。

「夢だと思ってたけど…夢じゃないって分かったからよ!夜になってもダーリンは帰ってこなかった!警察から連絡があって、ダーリンの遺体を見て…あれは夢じゃなかったって分かったのよ!!」

スキコが顔を上げる。ぎっ!音がしそうな程に禍々しい視線を、澪にぶつける。

「あの女よ!アタシははっきり見たの!アタシのダーリンを奪ったのは、あの女なの!!!」

「おおお、落ち着いてください証人…」

裁判長がオロオロとスキコを宥める。

「…そういう事だ、成歩堂。衝撃的なシーンを目撃した彼女は、パニックを起こして冷静な判断が出来なかった。通報出来なくても、筋は通る」

「しかし…!」

「証人がそう証言しているのだ!貴様の推測だけで覆るなどと甘く考えるな!」

御剣の怒声に、成歩堂はぐっと唸った。

「………」

どうしよう、どうしよう…どうしよう。

澪の頭の中が、ぐるぐると回り始める。スキコの証言が通ってしまうと、このままじゃ本当に自分は――!

「…っ!」

成歩堂はファイルを必死にめくる。その横顔に焦りと苛立ちが見えて、澪の心のそこからじわりじわりと重たい感情が広がってきた。


――…諦めの、感情が。



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