そんな時はどうぞ紅茶を
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※軽くではありますが、1ページ目に殺人に触れている箇所があります。苦手な方は閲覧の際に注意してください。
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スキコの証言は、実にシンプルだった。
夫・重繁の出勤を見送って、彼女はお気に入りの喫茶店でコーヒーと共に穏やかなティータイムを過ごしていた。時間は朝の10時15分ごろの事だという。
その店というのが、澪の部屋…もとい犯行現場と道1つ挟んだ真向かいの店だという。場所は2階で、当時座っていた席から現場が見えていたらしい。
スキコの証言に、澪はある店を思い出した。確かにベランダ側の道を挟んだ真向かいに、喫茶店を抱え込んだ小型のショッピングモールがある。
ベランダの窓とその喫茶店の場所は一直線になっていて、こちらからも店の様子がよく見えていた。
…と、言う事は喫茶店側からもこちらの部屋が見えているという事で…澪は常々カーテンをひいて過ごしていたのである。まさかそこに居たなんて。
スキコは啜り泣きつつも、証言を続ける。
「コーヒーを飲みながら、何気なく外を見た時でした…会社へ行ったはずのダーリンが、あの部屋にいたのです」
「…あの部屋、とは?」
成歩堂が尋ねる。すると、スキコの表情に激しい感情が渦巻いた。
「あの女の部屋よ!ダーリンはね、あの女とあの部屋にいたのよ!見たんだから!見たんだからぁああ!!!」
「………それで。その後、どうなったのだ?」
御剣がさりげなく続きを促す。スキコは興奮したまま叫ぶように証言する。
「あの女が、ダーリンと何か言い争いを始めたのよ!優しいダーリンはただただ落ち着かせようと宥めるだけだったわ!!でも、あの女は…あの女はーー!!」
スキコは証言台の囲いを掴む。爪が怒りまかせにそこに食い込んだ。
「あの女…包丁を取り出して……ダーリンのお腹に刺したのよ!!何度も何度も!何度も何度も何度も何度も刺したのよーー!!!」
「………」
鬼気迫る絶叫。法廷の空気が、彼女の言葉に飲み込まれる。
「ダーリン…倒れたの。前のめりに…でも、あの女はその背中にも包丁を…っ!」
ぎらりと、スキコの瞳が輝く。愛する者を失った失意と絶望の色が、彼女の瞳を歪ませる。
「ダーリンが何をしたって言うのよ!人のダーリン勝手に取って!死刑よ!死刑!貴方なんか死んじゃえばいいんだからー!!!」
「………っ!」
吐き気が、する。
スキコの叫びが内蔵を食い荒らすかのように、澪の心をずたずたに引き裂いていく。走る痛みに耐えかねて、澪は思わず目を閉じて耳を塞いだ。
成歩堂は、唇を固く引き結んだまま、真剣な眼差しで証言台のスキコを凝視する。彼女の言葉1つ逃さない、そんな気迫を背中から立ち上らせて。
御剣はスキコを静かに見つめ、「……その後は?」と続けた。
スキコは、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら唾をごくりと飲み込む。
「……あの女は…血まみれの服を脱いで、別の服に着替えたわ。リモコンみたいなのを壁に向かって操作してた……そしてそのまま、部屋から出ていったのよ――!」
唸るように呟くと、スキコはスンスンとハンカチを口元にあてて啜り泣いた。証言は以上のようだ。
終始目を丸く見開いて聞いていた裁判長は、「…御剣検事」と呆然としたまま呼んだ。
「うム」
「証人の証言によると、犯行時刻は午前10時15分頃のようですが、その時の被告のアリバイはどうなっているのですか?」
裁判長の問いかけに、御剣が書類を手に持って答える。
「被告は9時にバンドーホテルに出勤しているが、10時から11時20分まで1人で仕事をしていた為、アリバイは証明されていない。証人の証言通りだとするなら、犯行は可能だ」
澪は唇を噛む。御剣の言う通り、あの日は9時に出勤したのだが、客室の掃除をするハウスキーピングに欠員が出た為、澪が駆り出されたのだ。
そして10時からランチタイム前の11時20分までの間、澪は1人でハウスキーピングの仕事をしていた。唯一その時間だけが、彼女のアリバイが証明できない時間帯だったのだ。
たった1時間20分…それが致命傷になるなんて。澪は思わず重い溜息を吐き出した。
「………」
成歩堂は動かない。メモも取らず、その鋭い眼差しを証言台に向けたままだ。
「…では、尋問を」
「はい」
力強く頷いて、成歩堂は姿勢を正した。
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