そんな時はどうぞ紅茶を

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証拠はこれだ。

そう高らかに宣言して、彼が机に叩きつけた物――…

それは、鈍く銀色に光る、小さな1つの鍵だった。






「………」

「………」

「……………」

裁判長が、御剣が、法廷の誰もが、その小さな証拠を凝視して黙り込む。痛いほどの沈黙が、場を覆った。

「………な、成歩堂君。その…それ、は一体…?」

恐る恐ると裁判長が尋ねる。成歩堂ははっきりと答えた。

「鍵です」

「………見れば分かる」

呆れたような溜息を付いて、御剣が首を緩く横に振る。

「その鍵で、杉田と峰沢が無関係だと、どう証明出来るのだ?」

「――…これは、杉田の本宅の庭で発見した鍵です」

成歩堂が、ニッと口角を上げた。

「…現場でもある、峰沢さんの自宅の――…ね」

「!」

その勝ち誇ったかのような言葉に、御剣の顔が一瞬強ばった。

「しかし…何故、杉田の本宅の庭に現場の鍵が…?現場の鍵は、警察が捜査済みのはずでは?」

「………イトノコギリ刑事」

裁判長の疑問を受けて、御剣が証言台の糸鋸を呼ぶ。その声は底知れぬ苛立ちを含んでいるように聞こえて、糸鋸は「ハッ!」と背筋を伸ばした。


「現場の鍵は、被告が持っている鍵と、大家が管理しているスペアの2本のみと確認済みッス!」

ちなみに大家管理のスペアは、厳重に保管されてて持ち出しは不可能ッス!…と、糸鋸は付け加えた。

「ふむ…では、今ここにある鍵は…被告が元から持っている鍵という事に」

「違います」

成歩堂が、裁判長の考えをすぐさま否定する。

「彼女の鍵もまた、警察が押収し保管しています。この鍵は…新たな3本目の鍵なのです!」

「なっ…!」

言葉に、御剣が驚愕の眼差しを向ける。が、すぐさま右手の人差し指を、成歩堂へ突きつけた。

「異議あり!!」

御剣が叫ぶ。成歩堂の意見を一瞬で切り裂くかのように、涼やかで鋭い声。

「3本目の鍵の存在こそ、峰沢と杉田の関係を証明する証拠!彼女自らスペアを作り、杉田に渡していたという、決定的な証拠だ!」

「異議あり!!」

すぐさま飛ぶ成歩堂の声。確かな意思を持って、真正面から御剣の言葉にぶつかっていく。

「こちらのビデオを見てください。これは、バンドーホテルの従業員通路の監視カメラです」

再びスクリーンに注目が集まる。そこには、澪も見慣れたホテルの従業員通路が静かに映し出されていた。

縦にまっすぐ伸びる通路。画面奥に行けば外へ出られ、画面手前は従業員のロッカーや事務所へと繋がっている。

スクリーンに映し出された映像は、暫く出入りする従業員が通る様子を移していた。それに混じって、業者らしい人物が通る様子も映し出されている。

「………この人に注目してください」

ピ。と成歩堂が映像を止め、そこに映し出された人物を示した。

映像には、紺のツナギを来た業者らしい人物。同じ色のキャップを被るその顔が、監視カメラへ向いた瞬間で止まっていた。

「――!」



杉田 重繁。



それを悟った法廷の空気が、一瞬でざわざわと騒ぐ。すぐさま裁判長の木槌が鳴り、それらを黙らせた。

「彼は…業者になりすまし、バンドーホテルの内部へと入り込んでいる。支配人に確認したところ、このような制服の業者は出入りしていないとの事です」

成歩堂の推論は、続く。

「この従業員通路は、従業員の私物を保管するロッカーにも通じている。業者に扮した杉田は、ロッカールームに無断で侵入し、峰沢さんの私物を荒らした。鍵もその時に持ち出し、スペアを作ってマスターキーは元に戻した…」

一旦言葉を切って、成歩堂は机に両手を置いた。

「こうして、誰にも…峰沢さん本人にも気付かれる事なくスペアキーを手にした杉田は、自由に彼女の部屋へと入る事が出来た。別宅から見つかった彼女の私物は、杉田がスペアキーで侵入した際に持ち出された物だ!」

だから、なのだ。

だから杉田の別宅には、ありとあらゆる澪の私物が存在していたのだ。ゴミ箱のティッシュも、澪の自宅のゴミ箱から持ち出した物に違いない。

そして、あの奇抜で意味不明なランジェリーの中で、1つだけあったごく普通のアンダーウェア。あれは確かに自分の物だが、杉田はあれを部屋から持ち出し、それを元にランジェリーを澪のサイズに買い揃えたのだろう。

理由は……あんまり考えたくはない。

「………」

ひやりと、首筋に伝う冷たい汗。自分の知らないところで自宅の鍵が複製され、それを自分の知らない第三者が使い、部屋に入ってた…

杉田は…杉田はまさか――!

成歩堂の左腕が、ゆっくりと上がる。まっすぐに人差し指を突き出し、照準を御剣に合わせた。

成歩堂が、吠える。



「盗撮!鍵の無断複製!不法侵入に私物の窃盗!…これはもう紛れも無く、ストーカー行為!杉田は、峰沢さんの不倫相手ではなく、ストーカーだったのです!!」

どっと沸く法廷。

裁判長が何度も木槌を振るい、「静粛に!」と叫んでも

空気の動揺まで鎮める事は出来なかった。



***
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