そんな時はどうぞ紅茶を

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※1ページ目だけにさらりとですが、死体の事について触れている箇所があります。苦手な方は閲覧の際にご注意ください※

***



そして翌日の午前10時。

地方裁判所第2法廷に、カァンと木槌の乾いた音が響いた。



「これより、峰沢澪の法廷を開廷します」

第2法廷の中で一番高い位置に座する、長く白いヒゲをたくわえた初老の男性が宣言した。裁判長である。

「弁護側、準備完了しています」

裁判長を正面に見て右手。そこに立つのは被告人の弁護士、成歩堂龍一。

「検察側、準備完了しております」

そして逆の左手には検察側、御剣怜侍。

2人は裁判長を挟んで相対すように立っていた。

「………」

威風堂々と対峙する2人に対し、成歩堂の隣に座っている澪は、その独特な雰囲気に飲まれて小さくなっていた。

ぽんぽん。

「!」

不意に肩を叩かれて、澪がはっと顔を上げると傍の成歩堂と目があった。

「大丈夫、大丈夫。君は座って聞いているだけでいいよ」

「……はい」

この張り詰めた空間で、成歩堂は楽しげに笑った。そのいつもと何ら変わらない姿が、澪の心を落ち着かせる。

「御剣検事。冒頭弁論をお願いします」

「うム」

裁判長から促されて、御剣は小さく咳払いをしてから、淡々と述べ始めた。

「被告人・峰沢澪は、10月8日午前9時から翌10月9日の午前0時30分の間に、自分の自宅で会社員・杉田重繁を殺害した」

「………」

彼の言葉に、澪は暗い表情で俯く。耳を塞ぎたくなる衝動を、膝の上の指先を握りしめる事でなんとか堪える。

「犯行時間が、随分と長めに取ってあるようですが…えー、15時間ですか?」

「遺体発見当時、現場は暖房が上限温度いっぱいに設定されていた。その影響で死亡推定時刻が曖昧で、彼が出勤で自宅を出た時間から、遺体として発見される時間までを提示した」

「ふむ」

「彼女を逮捕した根拠は、現場が密室であった事、凶器から被告人の指紋検出、被告人の衣服に付着した大量の血痕。他、さまざまな証拠から今回の犯行は、被告人以外の人間には不可能であると判断した」

御剣は、表情1つ変える事なく続ける。

「本法廷で、検察側はその点を完全に立証出来るだけの証拠を持っている。真実は…確実に明らかになるだろう」

「…分かりました。それでは、審議に入りたいと思います。御剣検事、最初の証人を入廷させてください」

「――では。初動捜査を担当した、イトノコギリ刑事をここに」

対峙する2人の間にある証言台に、大柄の男がやってくる。澪を連行した彼だ。

カーキ色のコートをうざったそうに捌きながら、ズカズカと大股で糸鋸は証言台に立った。

それを見てから、御剣は口を開く。

「…イトノコギリ刑事。まず、この事件の説明を」

「ハッ!」

糸鋸は背筋をぴんと正した。

「現場は、被告人・峰沢澪の自宅ッス。死体が発見されるまで密室だったのは被告人からも確認済みッス」

「死因と、その凶器は?」

「凶器は現場の台所にあった家庭用包丁ッス。死因はその凶器で刺された事による失血死ッス。背中に約10ヶ所、胸から腹にかけて約20ヶ所のメッタ刺しッス」

途端、傍聴席がざわざわとざわめく。

「…っ!」

呆然としていた澪だったが、脳裏に真っ赤な畳に俯せで沈む男の映像が過ぎり、思わずぎゅっと目を閉じた。

「ほう…相当な恨みを持った犯行のようですな」

裁判長も驚いたような表情で、証言台の糸鋸を見つめる。

「あと、被害者の左薬指が欠損してるッス。現在も捜索中ッス」

「………」

成歩堂は無言で糸鋸の発言をメモしたり、手元の書類と見比べたりしている。

「では……イトノコギリ刑事」

「は、ハイ…ッス」

すぅ、と御剣の瞳から感情が消え、凍てつくような冷たさが宿る。

弱々しく返事する糸鋸を見ながら、澪は唇を噛み締めた。

これが。

これが法廷での、御剣――…



「被害者・杉田重繁と、被告人の関係について証言したまえ」



御剣の、淡々とした言葉で

遂に

始まる。



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