そんな時はどうぞ紅茶を

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うっすらと瞳を開ける。

薄暗いオレンジ色に染まった天井が、ぼんやりと見えた。



「………」

天井を見たまま、澪は薄目で"ここはどこだろう"とうっすら考えた。

考える事、およそ数分。

そして…

「――あぁ」

ようやく記憶が追いついてきて、澪は溜息とともに落胆にも似た声を上げた。



ここは留置所、だ。



あの日…自分の部屋で事件が起こった夜。澪は糸鋸刑事に連れられて、まず取調室へ入った。

事件発生が深夜という事もあり、最初の取り調べは簡単に済んだ。名前と生年月日と職業、遺体発見時の様子とアリバイを表面的に聞かれた。詳細は後日また取り調べになるのだろう。

そして、そのまま留置所へ。現在、自分が最重要容疑者になっているのは分かっていたから覚悟はしていたが、やはりショックだった。

留置所…鉄格子で、薄暗くて、狭くて、トイレは壁で区切られてなくて剥き出しで、汲み取りで臭くて…それが澪の思い描く"留置所"だった。

が。

予想に反して留置所というところは、掃除が行き届いていて綺麗だった。トイレも、やたら大きな擦りガラス窓がついてはいるが、きちんと壁で仕切られていて剥き出しという事もなく、水洗だ。

3畳ほどの広さに布団が1組。部屋は狭いが布団も普通に綺麗で、澪はちょっとだけホッとしたのだった。

…実は、ここでの生活も今日で3日目になる。しかし目を覚ますたびに留置所だという事を忘れている自分がいた。随分のんきなものである。



――…本当は。

現状を、認めたくないだけかもしれない。



「………」

天井をぼうっと見上げたまま、澪は思う。

取り調べは、ドラマでよく見るような乱暴な事はなく、実に淡々と行われていた。もしかしたら"御剣の知り合い"という事で、お手柔らかになっているのかもしれない。

しかし、取り調べの中で刑事達が口にする言葉に、澪はただただ驚くばかりだった。

被害者…名前は"杉田重繁"(すぎたおもしげ)というらしいが…と、澪は面識があるはずだという事。

杉田の写真(もちろん生前の)を見せてもらったが、澪の記憶には全く見当たらない男だった。

何故そんな事を聞くのか。逆に澪が刑事に尋ねると、更に驚く事を言われた。杉田の部屋から、澪の私物が大量に発見されたというのだ。おまけに自分の写真まであったという。

その私物の内容と量から、杉田と澪は面識…というよりも恋仲で、痴話喧嘩のもつれから殺害にいたったのでは…というのが警察の推理だった。

冗談ではない。

杉田という男は本当に知らないし、家に帰ってきて鍵を開けて部屋に入ったら、死体があったのだ。

それを繰り返し繰り返し説明しても、警察が手にする物的証拠が、澪の言葉を否定する。

凶器の包丁には自分の指紋が付いていて、押入れから押収されたバンドーホテルの制服には、被害者の血が大量についている。

何より被害者の家から見つかった澪の私物は、どう説明するのかと問い詰められた。

それはこっちが聞きたい。何で自分の物が、知らない男の家にあるのか。本当に、あの夜帰ってきて鍵を開けたら、部屋に死体があったのだ。

…何度言えば信じてくれるのだろう。

呆然としながらも、澪はふっとある人物を思い出した。



……御剣。



きっと、警察の捜査内容は彼の元にも届いているのだろう。取り調べの事も、きっと。

御剣はどう考えているのだろうか。自分の言い分を信じてくれるのだろうか。それとも…

「起床!」

ずるずると考えていた澪の耳に、短く叩きつけるように声が響いた。その声と同時に、薄暗かった房にぱっと明かりがつく。はっとして澪は飛び起きた。

手早く布団を畳んで、その場に正座して暫く待つと、自分がいる房の扉が開いて警察の人が入ってきた。

「3号室1番!」

「はい」

これが今の自分の名前。3日目になるが、どうしても番号の名前に違和感が拭えない。

朝の点呼が終わったら、畳んだ布団を抱えて寝具収納庫へと運ぶ。それから自分の房を掃除して、朝食。

今日もまた1日が始まる。朝は忙しいが、朝食が終わればまた長い1日が過ぎていく。

繰り返される同じ質問と、繰り返す否定の言葉。

こんな変化のない同じ事が、いつまで続くのだろうか。

外の様子も時間も何も分からない、この隔絶された世界の中で――

「………」

少しだけ怖くなって、澪は震えそうになる唇をきゅっと噛み締めた。



***
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