そんな時はどうぞ紅茶を

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澪の部屋は、一転して人が多くなった。捜査班と医療班、そして何事かと騒ぎを聞きつけた野次馬で、辺りは騒然としている。

ざわざわとした喧騒の中、澪は階下に停めてある御剣の車の助手席に座っていた。シートの背もたれに背を預けず、ドアを大きく開けたまま外に足を放り出す格好で座っていた。

澪の手には、医療班という人が渡してくれたホットのコーヒー缶が握られている。しかしプルタブは開かれておらず、未開封のまま手の中でぬるくなっていた。

「………」

震えも、今は落ち着いている。事態もゆっくりではあるが理解出来た。

ただ…一瞬とはいえ、目の奥に焼き付いたあの光景が、時折隙を付いてまたたく。その度に恐怖が大きく口を開いて心を飲み込もうとする。

澪は、御剣が羽織らせてくれた赤いスーツをぎゅっと握り締めた。そして御剣の言葉を、脳裏で何度も再生させる。



【分かってる。大丈夫だ、澪】



「………」

彼の穏やかで、身体の芯に直接響く低音が、唐突に騒ぎ立てる恐怖心を牽制してくれる。人に名前を呼ばれて、こんなにも落ち着いた気持ちになるなんて。

動転していたとはいえ、突然御剣を呼び付けてしまって気を悪くしてないだろうか。本当ならまず警察へ連絡を入れるべきところなのに、御剣に余計な負担を掛けたのではないか。

…そんな事をぼんやりと考えていた澪の耳に、御剣の声が「今、いいか」と遠くで聞こえた。思わず振り向くと、御剣がこちらへ歩いてくるのが見える。

澪の傍でずっと付き添ってくれていた医療班の女性が、慌てて立ち上がって御剣に頭を下げた。軽い目礼だけを返す御剣は、澪の前で片膝をつくと視線を合わせる。

「………」

「………」

暫し無言のまま見つめ合う。御剣の瞳は、少し色が薄いな、なんて事をぼんやりと思う澪である。御剣は、不意にふっと微笑んだ。

「だいぶ…落ち着いたようだな」

「………すみません。警察にも連絡しないで、私…御剣さんに全部任せてしまって」

「君が気にする事はない。これが私の仕事だし、君の判断は賢明だった」

そう言ってから、御剣はまたいつもの難しい表情に戻る。

「警察から事情聴取を受ける事になるが…今、無理なら後日に回せる」

「…いえ、大丈夫です。あの……」

「なんだ?」

「…私の部屋で倒れていた人は…やっぱり……死んで…る、んですよね」

思わず俯いてしまった澪だったが、御剣はきちんと答えてくれた。

「…あぁ。死亡推定時刻はこれから割り出されるが、私が見たところ、死後数時間は経過していると思う」

見た…いつものように、冷静に見たのだろうか。

そして、今までも見た事があるのだろうか。仕事とはいえ、少々恐ろしい…と、思いかけた澪は自己嫌悪に陥った。お世話になっているというのに、何て事を考えるのだろう。

「…被害者は、君の知っている人だったか?」

「……すみません。顔までは…見てないんです」

「そうか……普通は、そうだな…」

御剣は、最後の部分を自嘲気味に呟く。

「あの…やっぱり…殺人、なんですよね」

「………調べてみないと断言できないが、今のところはそういう見方になってる」

「…………なんで、私の部屋で…」

「…詮無い事を考えるのはよそう。これから先は我々の仕事になる。真実が判明次第、君に報告しよう」

その時、「御剣検事殿!」と遠くで声が上がった。2人同時に顔を向けると、カーキ色のコートを羽織った大柄の男性が、こっちへドスドスと大股で歩いてきた。



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