そんな時はどうぞ紅茶を

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澪のただならぬ様子に、電話を受けた御剣は「私が着くまで電話を切るな」と指示した。



「………」

インカムを通じて聞こえる澪の啜り泣く声に、御剣はハンドルを握り締めたままぎりっと奥歯を噛む。相当取り乱しているようで、状況を聞こうにも会話が成り立たない。

それでも、呼びかけないわけにはいかなかった。

「…峰沢君。さっき送ったアパートにいるのだな?」

『……ふ、うぅ……うっ…く』

「………」

御剣は、ふっと溜息を付く。

「――澪」

『……!』

今度ははっきりと反応があった。御剣は安堵する。

「先程のアパートへ行けばいいのだな?」

『……うぅ…はい…っ…』

「分かった。すぐ行く。電話はこのまま続ける。君はそこから動くな――分かったか?」

『は、…い……っつ…うぅ…』

「………」

澪の弱々しい泣き声を耳にしながら、御剣はハンドルを右に切った。



***



果たして、御剣はやってきた。

オートロックなしの昔懐かしい木造2階建てアパート。御剣が初めてここへ澪を送り届けた時、「無用心すぎないか?」と思わず感想を述べたら、「住めば都ですよ」と彼女は笑って返したものだ。

そんな事を思い返しながら、御剣はアパートの2階部分へ通じる錆びた階段をカンカンと登っていく。いくつものドアが静かに並ぶ廊下の先に、澪が携帯電話を握り締めてうずくまるように座っていた。

「峰沢君。大丈夫か?」

御剣がそう言いながら駆け寄る。澪の前にあるドアが大きく開けっ放しになっていて、御剣は反射的にそちらへ目をやった。

「………」

切れ長の瞳に、鋭い光が宿る。澪が酷く取り乱した原因が、瞬時に分かった。

改めて澪を見る御剣。痙攣かと思うほどに、彼女はがたがたとうずくまったまま震えていた。

「……警察に連絡は――」

「し、知らないの私知らない何も知らない」

「峰沢君」

「帰って…鍵開けて…電気、つけ、たら――!!」

「……峰沢君」

頭を抱え込んでいやいやと身を捩る澪を、御剣は膝を付いてその小さい肩を掴んだ。

「大丈夫だ。私が来たからには心配する事は何もない」

「私…私――」

「分かってる。大丈夫だ…澪」

苗字ではなく名前で呼べば、澪の震えが少し落ち着く。御剣はそれが不思議で、少しくすぐったかった。

「……階下に私の車がある。君はそこに…」

ぎゅ。

御剣の言葉の先を読んだのか、澪の手が彼のスーツの袖を握りしめる。

「………」

小刻みに震える小さな手を暫く見つめて、御剣はそっと自分の手を重ねた。

「私は今から警察に電話して、現場を見る。車にいたくないなら、廊下にいてもいいが、中は…見るな」

「………」

真っ赤に泣き腫らした顔でこくこくと懸命に頷く澪の頭を、御剣はそっと撫でる。そして背広を脱ぐと、彼女の肩に掛けた。

「…大丈夫だ。だから、もう…泣くのはやめたまえ」

違う。もっと他に言葉があるだろう。分かってはいるが、そんな台詞しか言えない自分が情けない。

御剣は歯がゆく思いながら、ポケットにある携帯を手に取り、電話を掛けた。

「…糸鋸刑事か。事件だ。すぐ現場に急行したまえ。場所は…」

戸口に設置された郵便受けを見ながら、御剣は住所を告げた。

「第一発見者は峰沢澪。現場の住人だ。保護したが酷く取り乱している。医療班も同行させるように」

玄関をくぐりながら、御剣は通話を終了した。むっとむせ返るような暑さに眉根を寄せて携帯を仕舞うと、反対のポケットから白い手袋を取り出す。

「………さて、教えてもらおうか」



一体、ここで何があったのか、を。



険しい表情で手袋をはめながら、御剣は非日常の現場に立った。



***
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