そんな時はどうぞ紅茶を
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9日ぶりのワゴン。9日ぶりのワンボックス。9日ぶりの検事局に、9日ぶりの1202号室。
妙に緊張しながら、澪は目の前のドアを見つめると、恐る恐るコンコンと2回ノックした。
「入りたまえ」
「!…は、はい。失礼します!」
9日ぶりのやりとり。9日ぶりの……御剣の声。
じんわりと心に沁みて、目元が少し潤んでしまいそうになるのを堪えながら、澪はゆっくりとドアを開けた。
「………」
懐かしい。そんな感想をかみしめながら、澪は御剣の元へとワゴンを押して歩く。
彼は、いつもの席に座って一生懸命書き物をしていた。どうやらまだ仕事中のようだ。
「すまない。やがて一段落する。始めてくれたまえ」
「…かしこまりました」
前もって"仕事が立て込む"と言われていたが、相当厄介な案件を抱えいたようだ。いつもはすっきりと整頓されている机には、今は書類や本が乱雑に積まれている。
御剣らしくない光景だが、こういう姿を見ると逆にホッとする澪である。完璧すぎると、却って息苦しく感じてしまうものだ。
時折、がさがさと書類を漁りながらそれらに目を通し、それを片手に書き物を続ける御剣の忙しい様子を見ながら、今日は変り種の紅茶ではなく、クセのないディンブラにしようかと澪は考えた。
疲れているだろうから、いつもより甘めに淹れてみよう。これはミルクを入れればとても綺麗なクリームブラウンが出るから、目で見ても楽しいはずだ。
澪は"Dimbula"と刻印されたティーキャニスターを手に取ると、ポットにリーフを落とす。
そしていつものように、右手で魔法瓶を高く掲げ、左手で持つポットに勢い良く注ぎ入れた。
「………」
ふわりと立ち上る水蒸気と、細く滝のように落ちる水音。それらを静かに見守っていた澪だったが、ふと気配を感じて視線を移した。
「……!」
御剣が。
いつの間にか仕事の手を止めて、こちらを見ている。
それを確認してから、澪は慌ててポットへ無理矢理視線を戻した。
「………」
――び。
びっくりした…
ざわざわと騒ぎ出す鼓動を必死に宥めながら、澪は魔法瓶の注ぎ口を上へ向けてお湯を止める。
蘇ってきた緊張で微かに震えを見せ始める手を堪えながら、魔法瓶とポットをワゴンに置くとポットの方に蓋をして姿勢を正した。
…ディンブラの茶葉はBOPと呼ばれる、細かいタイプのリーフなので蒸らし時間は約2、3分。澪は自分の腕時計を確認した。
御剣は、そんな澪の様子を見つめている。何か話題を提供した方がいいのだろうか。でも、胸のざわつきがうるさくて何も思い浮かばない。
静まり返る1202号室の時間が、ゆっくりと溶け出して止まっていくようだと、澪は感じた。
そしてそれが…何だか堪らなく心地よくて、居た堪れなく思った。
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