そんな時はどうぞ紅茶を
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それから6日ほど経過したが、澪の携帯電話に御剣からの着信が入る事はなかった。
社交辞令だと分かっていた澪だったが、最初の2日くらいは気が気ではなく、仕事の隙を付いてこまめに着信履歴をチェックしていた。
しかし、4日目に差し掛かる頃には、あんな事があったのも彼女の記憶からすっきりと抹消され、いつも通りの日々を送っていた。
どちらかというと、毎日欠かさずあった"御剣タイム"が、あの厄日を境にぱったりと来なくなった事が一番の気がかりだった。
前もって「仕事が立て込むから注文出来ないかもしれない」と言われていたが、支配人が電話に出る度に期待の眼差しを向けてしまう。
「ほら、御剣様は忙しい人だから。気長に待っていようよ。ね?」
そんな澪の縋るような視線に気付いた市庭が、慰めの言葉を掛けてきたので、澪は慌てて仕事に戻る。恥ずかしいやら情けないやらで、訳が分からなくなりそうだ。
そして……ついにその時はきた。それは最後に会った日から9日が経った頃だった。
「峰沢さん」
「はい?」
キッチンでシルバー――…フォークやナイフなどの銀製品を指す…――を、拭いていた澪が、市庭の呼びかけに振り返った。彼はにこにこと腕を組んで、こちらを見ている。
「来たよ」
「………は?」
「お待たせ」
「………?」
自分は支配人と何か待ち合わせでもしていただろうか?澪は思わず考え込む。市庭は、そんな彼女を楽しそうに見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「御剣タイム」
「………!」
「行ってくれる?」
「………ほ、ほ…本当に?」
「こんなタチの悪い冗談、ボクは言わないよ〜」
瞬間、澪は手にしていたフォークを、がちゃんとトレイに落とした。
「い、いいいい〜…行きます!!あ!でも!シルバーが!途中、で…!!」
「仕方ないなぁ〜今日は久しぶりの御剣タイムに免じて、ボクがしておくよ」
「え!?」
「いいからいいから。早く行ってきなさい」
全身を震わせるほどの喜びが、ぎゅーんと身体の中心から込み上げてくる。
澪はエプロンの裾をぎゅっと掴むと、「はい!!ありがとうございます!」と明るく言い放ち、勢い良く駆け出した。
そんな彼女の後ろ姿を、市庭はニコニコと見送る。
「…どうかしましたか?市庭さん」
そんな現場に通りかかったウェイターが、市庭の様子を見て不思議そうに問いかけた。
「うーん。いや〜ラブだよー、ラブだなぁ〜デステニーだよ〜うん〜〜」
「………?」
しみじみと呟きながらシルバーを拭き始めた市庭に、ウェイターは思わず首を傾げた。
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