そんな時はどうぞ紅茶を
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コンコン。
「入りたまえ」
執務室のドアをノックする音に、御剣は書類から視線を上げる事なく返事をする。
ガチャ。と、ノブが鳴いてドアが開いた。
「失礼いたします御剣様。お紅茶をお持ちしました」
「…!」
聞こえてきた男の声に、御剣がはっと弾かれたように顔を上げる。
そこには銀のトレイを片手で恭しく持った男が、ニコニコと笑顔で立っていた。左腕にはアームタオルを下げている。
予想だにしていなかったその光景に、御剣は目を剥く。
「…お久しぶりでございます御剣様。ワタクシ、長い間お休みしておりましたが、本日付で戻って参りました」
そう言って丁寧に頭を下げる男は、澪の前任者…あのボーイであった。御剣はまじまじと彼を見つめる。
「………き」
聞いてない
――…喉元まで出かかったそれを飲み込んで、御剣は「急だったな」と言い換えた。
「君は確か…あと1ヶ月は支店で勤務する予定ではなかったかね?」
「はい。御剣様の元を長く離れる訳にはいかないと、ワタクシ大急ぎで自分の仕事を済ませてまいりました」
「………彼女は?」
「峰沢ですか?彼女なら本来の業務に戻っております」
確か、彼女の元々の仕事はホテル内のレストランでウェイトレス…だったな。御剣は遠い記憶を思い返す。
「峰沢が何か失礼を?」
「いや……何も聞いてなかったから、少し驚いた」
「それは申し訳ありません。なにぶんワタクシ、急に戻ってきたものですから。彼女も今朝知ったはずです」
「………そうか」
ため息を付いて視線を落とす御剣をよそに、ボーイは笑顔を崩さないまま御剣の背後にある棚へと歩み寄った。
「本日のお紅茶は、いかがされますか」
「………」
背後からのボーイの問いかけに、御剣は何やら思いつめた表情で、口元を手で覆い隠した。
「……御剣様?」
「…あ、いや……君に任せる」
するとボーイは、誇らしげに胸を張って「かしこまりました」と了承した。
「"支店へ初めて派遣されたボーイ"として、輝かしい紅茶を淹れてみせます」
「………あぁ」
御剣は一度も振り返らず、生返事をした。
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