そんな時はどうぞ紅茶を
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「……御剣様」
気が付けば、澪は彼の名を呼んでいた。御剣は「なんだ?」と言いたげな視線をこちらへ向ける。
「…お紅茶は、お口に合いますでしょうか?」
「……妙な事を聞くな?」
そう言われて、澪自身も自覚した。でももうかれこれ8日目である。いい加減何かしらの感想くらい欲しい。
そんな思いで澪は御剣を見つめる。彼はいつものように、大きな窓を背中にして黒の革張り椅子にゆったりと深く腰掛けてこちらを見ていた。
ふ、と静かに瞼を伏せて、御剣が手の内にあるカップに視線を落とす。そしてゆっくりとそれを持ち上げると、形のいい唇をそっとカップの縁に押し当てた。
(…え?)
途端、澪は自分の胸の奥を揺るがす違和感に気付いて驚いた。
彼が紅茶を飲む…いつも見ている一連の行動のはずなのに、何故胸が騒ぐのか澪は分からない。
静かにパニックになってる澪の事を知らない御剣は、紅茶を1口飲んでから視線を上げた。
「…君があのボーイの代わりにここへ来るようになって、どれくらい経つ?」
「……8日、ほどでしょうか」
「なら、それが私の答えだ」
「………」
御剣の台詞を、澪は一生懸命考える。美味いのか不味いのかはともかく、8日飲み続けても大丈夫なレベル…という事なのだろうか。
「…では、今後もご注文下さいますか?」
いや、もしかしたら8日が我慢の限界、という事なのかもしれない。少しだけ脳裏を過ぎった不安に、澪は再度御剣に質問した。
彼は面食らったのか、一瞬だけ瞳を開くと唇の端を少し上げた。
「あぁ」
短い言葉だったが、今後も頼んでくれる様子に澪は身体の芯がほのかに温かくなるのを感じた。
口元に、自然と笑みが綻ぶ。
「…ありがとうございます」
「………」
御剣は答えない。ただ、澪を眩しそうに目を細めて見つめてから、またカップに口を付けた。
彼の執務室を後にしてから、澪は「あくまで美味いとは言わないつもりなんだな」なんて事に思い当たる。
自分が持つ、御剣の「不思議な人」というイメージに、「頑固な人」という印象が追加したのであった。
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