そんな時はどうぞ紅茶を
□03
1ページ/2ページ
それは、出会ってから8日ほど経った頃だった。
「…君はイギリスへ行った事はあるか?」
御剣の突然すぎる質問に、澪はティーポットを持ったまま、一瞬だけぽかんとしてしまった。
「…は?」
「──イギリスへは行った事があるのかと聞いている」
「……いいえ」
不思議な事を聞いてくる。澪はそう思いながらカップに紅茶を注いだ。本日の紅茶はギャルという花の香りが特徴の茶葉をストレートで淹れたものだ。
自分の先輩でもある、御剣曰く「いつものボーイ」の代理として検事局へ紅茶を届ける事、今日で8日目。その間、美味い不味いはおろか、ありがとうのやりとりもなく、事務的な会話の繰り返しだった。
それが突然この展開。面食らうには十分すぎる。紅茶のカップを、澪は御剣へ差し出した。
「国内は何ヶ所か出掛けた事はありますが、海外はまだどこにも」
「…うム、そうか」
「……あの。」
終わりそうな会話を、澪は無意識の内に繋いでいた。
「それが、何か?」
「………」
何かも何もないのだろうか。御剣は、静かに紅茶を飲んで視線を伏せる。澪はじっと息を潜めて彼の台詞を待った。
「……君の紅茶は──」
「…?」
ようやく、御剣の口から呟きが落ちた。
「なかなかアレだ。だからイギリスで学んだのだろうかと…」
「……」
「そう思っただけだ」と早口で言い終えた御剣は、再びカップに口を付けた。
"君の紅茶はなかなかアレだ"
アレとは何か。褒められたのか貶されたのかよく分からなかった澪だが、「恐れ入ります」ととりあえず小さく頭を下げた。
「実家の近所に、イギリス人の老夫婦が住んでまして、家族ぐるみで懇意にさせていただいてました。紅茶の知識は、彼らから…」
「本場仕込み、という訳か」
澪の説明に、御剣はその切れ長の瞳を細めて微かに笑った。
これも…初めて見た。澪は軽い驚きと共に御剣を見る。彼も人間なのだから笑う事くらいあるのは分かっていたが、眉間に刻まれた神経質なシワが常だったので、その些細な変化がひどく新鮮に思えた。
***