そんな時はどうぞ紅茶を
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トントン。
「──…何だ?」
重厚なダークブラウンの扉をノックすると、中から返事があった。男性の声だ。
「ホテルバンドーです。御剣様にお紅茶をお持ちしました」
澪がそう告げた瞬間、「ム…?」と戸惑う気配が扉の向こうから感じられたが、少し間を置いて「分かった。入ってくれ」という声が聞こえてきた。
「失礼します」
ノブに手を掛けて静かに扉を押し開けた澪は、軽く一礼してからワゴンと共に中へ足を踏み入れた。
磨きあげられた無垢のフローリング。
ワインレッドを基調としたインテリアとカーテン。
12階という高層から街並みを一望できる大きな窓。
1歩中へ入った瞬間、別次元の様相を見せるそんな部屋に、澪はしずしずと無言のまま歩みを進める。
目の前…あの大きな窓を背にして、1人の男性が座っていた。彼の席でもある机もまた、フローリングと同様にピカピカだ。
そんな席から、男はまっすぐにこちらを見ている。好奇を隠さない視線だったが、澪は気にせず彼へ近づいた。
「ダージリンの上質なリーフが手に入りまして、支配人が是非とも御剣様にと。本日はこちらでよろしいでしょうか?」
「………構わない」
御剣と呼ばれた男は、短く返事をする。澪もまた短く「かしこまりました」と返し、ワゴンにある予め温めておいたティーポットのお湯を、空のポットに移し替えた。
「…今日はいつものボーイではないのだな」
手際よく紅茶を準備する澪に、御剣はそう問い掛ける。
「彼は只今、近日オープン予定の支店へ派遣されております」
「なるほど…と、なると彼は支店勤務になるのか?」
「スタッフ指導と伺っております。2、3ヶ月はかかるでしょうが、最終的には本店へ戻る予定です」
高い位置からリーフが入ったティーポットへお湯を注ぎつつ、澪は答えた。細い滝のような流線形を描いたお湯は、ガラス製のポットの中でリーフを優雅に躍らせる。
御剣はそんなリーフの動きを、目を細めて眺めた。
「君は彼の代理、と言う訳か」
「左様にございます…私ではご不満でしょうか?」
そんな台詞と共に、澪は初めて御剣の目を見た。唐突に向けられた視線に、思わず狼狽してしまった御剣は軽い咳払いでそれを誤魔化す。
「それは…その紅茶を飲んでから決める事にしよう」
「かしこまりました」
そう言って澪が差し出したカップには、美しい紅の湖畔が広がっていた。
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