D-Novel:短編
□己自身が知らぬ間に、恋の花咲くこともある
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嘔吐中枢花被性疾患。
通称"花吐き病"
古くからある病で、発症すると"花"を吐く症状に見舞われる。嘔吐する花は人により様々だが、花吐き病を発症したという事は、とある1つの事実を明確に示す……それは、その病最大の特徴であった。
口元を隠しているものの、明らかに花を嘔吐しているバンジークスの姿をまじまじと見つめ、杏はゆっくりと立ち上がると静かに語りかけた。
『……バンジークス様は、誰かを好いて…おられるのですか?』
『っ――…!ごほっ!げほ!げほっ!!』
杏の台詞を、バンジークスは鋭い視線で睨み付ける。苛立ちに燃え立つような眼差しだが、彼女の言葉を肯定するかのように激しい咳が彼を襲った。口を覆う手の隙間から、受け止めきれなかった花がはらはらと散る。
花吐き病の最大の特徴――…それは、"片恋を拗らせると発症する"という事に尽きる。募る想いに胸を焦がし、堪えきれず花を吐く。花吐き病の感染経路は、罹病者が嘔吐した花との接触によるものと判明しているが、散った花が"それ"だと見抜くのは難しい。知らず知らずのうちに触れ、片恋を拗らせるまで病は潜伏し、やがてその時を迎えて発症する。
それが、花吐き病。名家の親達は、汚染された花に子供が触らないよう外出を許さない(特に娘は)感染したが最後、治療法がないこの病を完治させるには、片恋の相手と両想いなる必要があるからだ。使用人に片恋し、発病してしまった令嬢が、叶わぬ恋と治らぬ病を悲観して自ら命を絶った話もある。
恋に悩み花を吐く…耽美な光景に見えるが、現実は無慈悲で冷たい。そんな病に晒されるバンジークスの姿を凝視して、杏は尚も告げた。
『誰かに…想いを寄せてらっしゃるのですか?』
『………』
咳は落ち着いたらしいバンジークスだが、ぜーぜーと背中を揺らして呼吸しながら力なく首を横に振った。それは杏の言葉を拒否する意味なのか、姿を見られる事を拒んでいるのか……まるで手負いの獣を前にしているかのような心境で、杏はバンジークスを見ていた。
――…彼は、恋をしている。
胸を焦がすほどに、激しく。
花を吐くほどに、強く。
病に身を蝕まれるほどに――…
誰かを。
「………………っ!?」
そんな事を考えた瞬間。杏の胸に鋭い痛みが走った。途端に息が詰まり、身体の奥深い場所で熱が生まれる。それはそのまま喉を伝って口腔へ向かい逆流し、杏は慌てて己の口を両手で押さえた。そんな異変を察したバンジークスが、ゆっくりと振り返る。訝しげに自分を見るアイスブルーの瞳に一層嘔吐感が増して、杏は堪えきれずげほりと吐き出した。
ぱっ、と。杏の足元に深紅が勢いよく散る。血に似た色合いのそれに、バンジークスは目を瞠った。
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