D-Novel:短編

□Silent Bullet
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「………先生?」

「殺人罪の時効は何年で成立するか」

戸惑う御剣に再び問いかける狩魔。いきなりの出題とその容易さに御剣は一瞬だけ言葉を失うが、すぐさま答えた。

「犯人に海外滞在歴がないのなら、15年です」

「――…そうだ。15年だ」

引っ掛け問題だろうかと勘ぐった御剣の丁寧な答えに、狩魔は目を細めて呟く。意図が読めない問いかけに、御剣は小さな違和感を覚えながら洗面台の花瓶へと視線を移し、蛇口を捻った。

「あの事件も、犯人が捕まらぬまま時効になった」

蛇口から流れる水音に飲まれそうになる狩魔の呟きに、御剣は花を生けながら応じる。

「…あの事件?」

「あの事件が発生してから、今年で35年だ」

35年――…先程、自分がふと思い返していた"あの出来事"と同じキーワードを耳にして、御剣の口元が僅かに強ばった。ベッドで変わらず天井だけを見つめる狩魔は、彼のそんな変化に気付く事なく話を続ける。

「"あれ"が時効を迎えたのは……20年前だったな」

「…………そう、ですね」

20年前…御剣がまだ24歳の頃で、弁護士となった幼馴染から初めて"敗訴"の2文字をもらった頃。その時を思い出し、御剣の心の奥に少しだけ懐かしさが灯った。

自分とコンタクトを取ろうと躍起になっていたあの幼馴染は、今やすっかり疎遠になってしまっていて何をどうしているのか分からない。どうやら弁護士は辞めたらしいが、その消息は不明だ。20年前のあの頃は、自分に何かと訴え関わろうとする彼が心底鬱陶しくて……"自分"を暴かれそうで怖くて。とにもかくにも突き放していた。が、年を取ってから振り返ればあの頃が一番充実していたのかもしれない。

全てを有罪にしようと執念を燃やす御剣に見せつけるように、無実を信じ抜く事に執念を燃やした幼馴染。そうして法廷でぶつかり合って少しずつ見えてくる"真実"に、裁判はこうあるべきではないかと…20年経った今、そんな風に思える。検事局局長への話を蹴ってまで検事として現場に固執するのは、そうした思いゆえかもしれない。それとも……



――…未だ分からない"あの事件"の真実を求めているゆえかもしれない。



時効という名で時間の底に埋もれた真実。

申し送りという名で地下倉庫に屠られた証拠。

犯人は……自分の父を射殺したのは誰なのか。

一度は逮捕され、心身衰弱で無罪となったあの男なのか。

それとも、まるで自戒のように続く悪夢の光景が真実なのか。





「上手く逃げたものだな、御剣」

「!?」

嘲笑混じりの狩魔の言葉に、御剣がびくりと肩を揺らす。己の心を見透かされたようなタイミングに、花を生けていた御剣の袖口に蛇口からの水がぱしゃんと掛かった。天井だけを見ている狩魔だが、そんな動揺を観察しているかのように忍び笑いを漏らす。

「事件発生から35年。時効から20年……犯人は実に上手く逃げ切ったものだ」

「………はい」

称賛するかのような狩魔のセリフに、御剣は呻くように低く応じる。

「犯人は、どのような手段で逃げたと思う?」

「――…」

「考えた事はあるか?一体、どうやって時効まで逃げ伸びたのだろうか、と」

狩魔の問いかけに、御剣は全身を緊張させたまま何も答えられなかった。犯人がどうやって逃げ切ったのか、考えた事は数え切れないくらいある。しかし、どう考えても御剣の答えは"無罪になったあの男"以外になかった。それ以外にあるとしたら…それはあの悪夢が指し示す結論で。つまりは――…

「……先生は、分かりますか?」

走る思考が、己の心の一番深くに沈む記憶に辿り付きそうになる前に、御剣は狩魔に問いかける。狩魔はしばらく無言のままでいた……が、やがて「あぁ」という肯定の声が御剣の耳に届いた。思わぬ言葉に息を飲んで、御剣ははっと振り返る。やはり狩魔は、天井だけを見つめていた。

「…………」

今。

先生は今

何と言ったのか――

「――…先生?」

「あの日の事は、35年経った今でも忘れられん」

掠れた声音で呼ぶ御剣に対してなのかそれとも独り言なのか。狩魔は姿勢を崩さず、そう呟く。そして…

「よぉく……覚えているぞ」

「――…!?」

緩慢な動きでこちらを振り向き、にやりと笑いながら語りかけてくる狩魔に、御剣はぞくっとした悪寒が胃の底に落ちていくのを感じた。



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