D-Novel:短編

□Silent Bullet
2ページ/6ページ




小ぶりの花束を片手に、御剣怜侍は目の前にある白いドアを2回ノックした。



***



「……誰だ?」

「御剣です、先生」

ドアの前で背筋を伸ばし、少し緊張したような声音で室内へ呼びかける御剣に、先生と呼ばれた人物はややしてから「あぁ」と低く呟く。弱くはあるが、男性の声だ。それを合図に、御剣はドアノブを掴んで静かに開けた。

室内はドア同様白で統一され、大きな掃き出し窓からは色鮮やかな紫陽花が、梅雨時の僅かな隙をついて現れた太陽の光を受け止めているのが見える。部屋は4畳半ほどのこじんまりとした間取りで、簡易テーブルと洗面台とシングルベッドのみが置いてあるだけだ。

部屋の主である男性はシングルベッドで仰向けで横になっており、顔を覆ういくつもの深いシワが彼の老齢を物語っている。御剣は彼を目指してゆっくりと歩み寄った。

「お加減はいかがですか?先生」

「………ふん。花、か」

御剣の問いかけには答えず、彼が持っていた花束を一瞥した男性は続けて「無駄なモノを持ってきよって」と掠れた声ながらも悪態をつく。きつい反応に苦く笑う御剣に、男性は更に言葉を続けた。

「大体、裁判はどうしたのだ?ワガハイの所へのこのことやってくる暇があるのなら、1つでも審理をしたらどうだ」

「ご心配には及びませんよ、先生。つい先程結審した裁判も勝訴しました」

サイドテーブルにあった花瓶を手に取りながら端的に報告する御剣に、男性はにこりともせず眉間にシワを寄せる。

「勝訴なぞ、当然の結果だ」

「………えぇ」

御剣は男性―…狩魔…の顔を見つめて頷くと、洗面台へと向かい持ってきた花束を生け始めた。花束がよく映える位置を整えながら、御剣はふと思いを馳せる。



――…年を取ったな。



御剣の脳裏に、狩魔を初めて見た時の記憶が過ぎる。あれは自分が9歳の頃で、彼は確か壮年を終えようとする年齢のはずだった。が、あの頃の彼はそうとは思えない力強いオーラを発していた。ピンと伸びた背筋、今とは比べ物にならない芯の通った張りのある声、颯爽と歩く姿…さすがにあれから35年も経てば、老いもするし当時の面影も霞む。病魔に冒さた体は、もう歩くどころか起き上がるのも難しい。力強く感じた身体はやせ細り、肌もますます色褪せていく。

しかし…変わらないのは、その眼差し。"狩魔は完璧を持ってよしとする"を座右の銘に、彼は完璧に有罪を鋭く見据え、立証し続けた。定年を迎えるその瞬間まで無敗を貫いた、伝説の検事が狩魔その人だ。

「………」

ふと、御剣は正面の壁に取り付けられた鏡を見る。年を取ったのは、何も狩魔だけではない。伝説とまで言われた狩魔に師事し、若干20歳で検事になってからこれまで24年。目尻や口元のシワも徐々に目立ち始め、最近は老眼の症状も現れだしたのか、小さな文字が読みづらくなってきた。



――…狩魔を初めて見てから、今日まで35年。

そうか。もう35年にも……



「………」

狩魔を初めて見た、幼い頃のあの日。それは自分が信じて疑わなかったあらゆるもの全てが変わってしまった……悪夢の日。35年という膨大な時間の流れを感じて、御剣が静かにため息を吐いた時だった。



「御剣」

「………はい」

「殺人罪の時効は、何年だ?」

突然突きつけられた"問題"に、御剣は軽い驚きと共に狩魔の方を向いた。



***
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ