D-Novel:短編

□姉弟裁判
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某月某日、そして某時刻。

地方裁判所の某法廷で、木槌による開廷の一音が響き渡った。



***



「それでは、夕神かぐや被告によるGYAXA立て篭り事件の法廷を開廷致します」

法廷の中央に座する裁判長の言葉に、弁護席に立つ成歩堂は「弁護側、準備完了しています」と答えた。そんな彼の正面に位置する検事席には、黒の陣羽織を纏った検事・夕神迅が背を向ける事なく、珍しく起立して無言のままそこにいる。

「え、えー…夕神検事、あの〜…準備、は…いかがです、か…?」

これまでの裁判で、夕神の日本刀が幾度となく煌く場面を目の当たりにしている裁判長は、どことなく低姿勢で彼のご機嫌を伺う。いつもなら睨むか無言かの態度を示す夕神なのだが、ただ一言「問題ねぇ」と低く呟いた。裁判長もホッと張り詰めていた息を吐く。

「分かりました。では、冒頭弁論は…今回はどうしましょう?」

囚人検事という矛盾した肩書きで法廷に臨んでいた頃の冒頭弁論は、そのほとんどを裁判長自ら行っていた。そういう経緯を踏まえての質問だったが、夕神は鋭い眼差しを裁判長へ向ける。

「いちいち人に聞かなきゃ、決められねェのか?」

「はっ!いや!我ながら全く以て情けないですな!それでは今回も私が冒頭弁論を――…」

「…被告とは言え、この女は俺の身内だ。ケジメくらい付けさせてもらおうか」

「は、はぁ…」

(どっちなんだよ)

成歩堂は心の中で突っ込みつつ、剣呑な雰囲気に(一方的に)飲まれている裁判長とのやりとりを見守る。

「……まぁ。冒頭弁論と言っても、事件自体は難しいモンじゃねェ。被告人・夕神かぐや…俺の姉だが。コイツが俺の冤罪を訴える為に、GYAXA宇宙センターで人質を取って立て篭るっつーぶっとんだ力技をやりやがった」

「あの時は、貴方の死刑期日が目前でしたからね。お姉さんも気が気ではなかったのでしょう」

裁判長が首を緩く左右に振りながら、当時を振り返る。

「お陰様で、俺の首も皮1枚で繋がった訳だが…罪は罪。きっちり償ってもらう」

「いつもなら、証言や証拠を基に議論していただくのですが…この件に関しては、犯人も事実関係も明白です。どう進行されるつもりですかな?」

「既に明らかになってる事を、あれこれ言い合うつもりは毛頭ねェ。やっちまった事はアレだが、幸い怪我人もゼロだし、動機にも情状酌量の余地はある。今回はそこんところを――…」



「待ちなさい!!!」



夕神の言葉を、凛とした女性の声が遮る。突然の横槍に夕神の瞳がぎろりと白く光り、彼の右肩に止まる鷹……ギンの瞳も、同時にきょろりと丸く見開かれた。たった一言で法廷にいる全ての人間の視線を集めた女性は、堂々とした様子で証言台に立ち、不敵な笑みと共に裁判長を見上げる。

その女性は紛れもなく――…被告人・夕神かぐや、その人であった。

「なっ…な――…何なんですか、突然!?」

一瞬だけ言葉を失っていた裁判長だったが、素っ頓狂な声を上げてかぐやを見下ろす。彼女は腰に手を当て、ますます不遜な態度を深めると今度は検事席に向き直った。

「ジン!いい事?私は情状酌量なんていう生ぬるい処置は望んでないわ」

「………………おい。成の字」

姿勢どころか表情すら微動だにせず、夕神は低く成歩堂を呼ぶ。腹の底に直接重い一発を打ち込まれたかような呼びかけに、成歩堂は「ぐ」と呻いた。

「弁護人のクセに、てめェの依頼人すら飼い慣らせねぇのか?」

「いや。その……ナントイイマショウカ――…」

「……姉貴。ここは遊園地じゃねぇんだ。はしゃぐのも大概にしろ。法の庭は俺の縄張りだ」

成歩堂に話を付けるのは埒が明かないと思った夕神は、直接かぐやに訴える。しかし、そんな静かな言葉を、かぐやはフンと一笑に付した。

「偉そうに。誰のお陰でその血色悪い首と胴が繋がってられたか、分かってるの?」

「それについては心底感謝してらァ。足向けて寝られやしねェ。だがな、ソレとコレとは別だ。ふんぞり返りたいなら、そこのお立ち台じゃなくて元いた席でやりなァ」

「私が起こした事件ですから?裁量くらい自分で選ぶわ」

「オイオイ。そこの老い先短い老人の、唯一の楽しみを奪うんじゃねェよ」

シャープな顎先を指先で軽く掴みながら、くつくつと喉を鳴らし笑う夕神に、「こっ、この前の健康診断は腰痛以外問題なしでしたぞ!」と裁判長が鼻息荒く異議を申し立てる。それを無視して、かぐやはびしりと人差し指を夕神に突きつけて言い放った。

「今回の件に関しては――…不起訴処分を該当させてもらうわよ、ジン」

脈絡のない姉弟の討論は、脈絡のないかぐやの要求から始まったのだった。



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