D-Novel:短編
□天啓
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弁護人は、防犯カメラの全映像記録の開示を訴えた。裁判長が判断を狩魔に委ねると、彼は冷笑と共に「無駄だと思うがな」と一言吐き捨てた。
そうしてスクリーンに映し出された防犯カメラの映像には…やはり狩魔の言う通り、マンションに入っていく男の姿と、その数分後にナイフを手に走って出て行く男の姿が映っていた。明らかにされた内容に、弁護人は声を失う。
「…満足か?無能な弁護士よ」
静まり返る法廷内でただ1人、狩魔だけはクックックと嘲笑っていた。
「この間抜けな男が持っていたナイフも、証拠として提出しよう。採取された指紋は無論、そこの男の指紋。そして血液は被害者のモノだ」
「受理しましょう」
ジップロックに入れられた、血がついたままのナイフは、遠目から見ても刃の部分が赤黒く染まっていて、傍聴席がその生々しさにどよめく。
「映像も決定的。そしてこの凶器と思われるナイフも、また決定的と言っていいでしょう」
「ま、待ってください!ナイフの指紋ですが、被告人の証言が正しいなら…犯行を行った際に付いたとは言えません!!それに、思わずナイフを拾ってしまった被告人の心理も、充分にありえる話で――…!」
「クックック…心理、だと?そのようなこじつけ、何とでも言える」
「こっ、こじつけだなんて…!」
「裁判長!この弁護人は先程から無意味な発言ばかりを繰り返している!証言だの心理だの…明確な証拠とは言い難い!」
強い口調で言い切る狩魔は、また左腕を振り上げた指をパキィンと鳴らした。
「心や感情などという目に見えぬモノなどに、意味はない!」
御剣は見つめる。被告人でも弁護人でも裁判長でもない、原告席に凛と立ち、この場の何もかもを支配する狩魔という検事だけを、ただただ見つめていた。
「そのようなこじつけがまかり通れば、裁判などいらぬ!完璧な捜査!そして完璧な証拠!それを持って完璧な証言と言えるのだ!!」
法廷内に響き渡る狩魔の言葉が、御剣の脳天に鋭く刺さり、焼き付く。全身を駆け巡る強烈な感覚に、まばたきすら忘れる…いや、それすら許されないと錯覚してしまうほどだった。
「…分かりました。それでは判決に移りたいと思います」
「ま、待ってください!被害者はまだ死んではいない!彼の証言を聞くべきです!もしかしたら犯人の顔を見ているかもしれな――…」
「フッ…また証言か」
狩魔の溜息混じりの言葉に、弁護人は唇を噛む。
「し、しかし…被害者本人の言葉は重要だと…!」
「キサマは事件記録も読んでいないのか?被害者は背中を刺され重体…つまり、後ろから襲われておるのだ。顔を見ていない可能性の方が高い」
「っ…!そ、それでも話は聞くべきで――…!」
「意識を取り戻したという話は聞いてないが」
「ならば回復するのを待ってからでも…」
「必要なのは今!この瞬間だ!裁きは始まっているのだ!己の調査不足なのを棚に上げて、寝言をほざくのもいい加減にしろ!!――…裁判長!」
「は…?はい!?」
「これ以上は時間の無駄だ!とっととその木槌を鳴らさんか!」
狩魔の怒号に、裁判長はシャキッと背筋を伸ばし、木槌を手にした。
「狩魔検事に言われたからではありませんが…」
裁判長の前置きに、隣の同級生が「いや、明らかに怖ぇし。あのオッサン」とぼそぼそツッコミを入れる。
「弁護人の主張は、どれも決定的とは言えません。アリバイも被告人家族の証言となると、かばっているが故に偽っている可能性も否定できません」
「そんな…」
「そして狩魔検事の主張は、実に明確であり決定的です。それを踏まえて判決を下す事にしましょう…判決は」
有罪。
――…木槌の乾いた音と共に、裁判長が判決を下す。法廷は静まり返り、皆が予定されていた言葉を淡々と受け止めている様だった。
「………」
御剣は膝に置いていた手をぎゅっと握り締める。細かい震えを抑えるような仕草に気付く人間は、誰もいなかった。
***