D-Novel:短編

□天啓
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「お、オレは本当にやってねーんだって!!!」

第7法廷の傍聴人入口を抜けた瞬間に聞こえてきた叫び声に、一同はぎょっと肩を震わせた。さすがの御剣も、出し抜けに叩きつけられた絶叫に驚いて目を見開く。

傍聴席から法廷へ視線を向けると、中央の証言台に1人の男が立っていた。髪の所々が金髪になっていて、耳とは言わず口や鼻にもじゃらじゃらと大量のピアスがついている…正直、ガラが良さそうには見えない。

男は木で出来た柵にしがみつき、前のめりになって高い位置に座する裁判長を必死の形相で見つめていた。

「ひ、被告人…少し落ち着いてください」

長い白ひげをたくわえた裁判長が、少し困った様子で言葉を掛ける。が、男には届かなかったようで、更に声を張り上げた。

「頼むからマジで聞いてくれって!オレは本当にやってねーって!部屋に行ったら、アイツもう血だらけで倒れてたんだって!!」

「……フン。愚者の戯言など、聞くだけ無駄だ。裁判長」

証言台の、向かって左側に位置する場所から、男性の低く苛立たしげな呟きが漏れた。随分な物言いに、御剣は傍聴席に座りながらその人物に注目する。

御剣の視線の先にいたのは、品のある銀色の髪をオールバックにした男性だった。随分と年配の印象を受ける…が、老いを全く感じさせないのは、彼が纏う雰囲気のせいだろう。威圧的なオーラは、鋭い眼光と相まって周囲を圧倒している。被告人である男を見据える目は、獲物を狙う猛禽類のそれを連想させた。

それにしてもあの男性…原告側の席にいるという事は、検事なのか。御剣は状況を確認しつつ、男性を注意深く見る。

「結果は火を見るより明らか。そもそもこのようなくだらん茶番をする手間もいらぬのだ。ワガハイは戯言を聞くほど暇ではない」

「か、狩魔検事…」

「だ、だから…何度も言ってるって!!俺じゃねーって!!」

訴える先を裁判長から検事へと変えた男は、狩魔と呼ばれた男性に向かって吠えた。そんな彼の訴えを払うように、狩魔は左腕を振り上げて指を鳴らす。パキィンと金属にも似た鋭い音が法廷内に響き渡った。

「罪人の言葉など、チリほども信用出来るか!ここは法廷!確固たる証拠のみが唯一で絶対なのだ!キサマが犯人でないなら、吠える前に証拠を出さんか!」

有無を言わせない…そしてそれ以上の反論も許さない強い言葉に、御剣は息を飲んで目を見開く。隣に座っていた同級生が小声で「怖ェ…」と呟いたが、私語を咎めはしなかった。

「えー…弁護人」

証言台にいた男が黙ったのを見て、裁判長が口を開く。

「被告人が無罪だという証拠はありますでしょうか?」

「はい。えー…」

「すぐに提示出きん証拠など無意味!聞くだけ無駄だ裁判長!」

「さ、さすがにそういう訳には…」

「あのっ…被告人が現場にいたとされる時間ですが、彼は家族と食事をしていたと…」

弁護人のおずおずとした弁論に、狩魔はクックックと静かに喉を震わせて忍び笑いをした。

「家族と食事をしていた…だと?親しい者のアリバイ証言など、信用に値せぬわ!」

「で、ですが…証言は事実でして――…」

「ほう?では裏付けが出来ている、と?」

腕を組み、苛立たしく服の袖を掴む狩魔に問われ、弁護人は一瞬戸惑った。

「う、裏付けですか?」

「この男が、確かに家族と共にいたという明らかな証拠があるのかと聞いている。よもや…本当に証言だけで、このワガハイに対抗しようと思っていたのか?」

弁護人が押し黙る。狩魔は「話にならん」と一笑に付した。

「先程も言ったが、法廷では確固たる証拠が全てだ。ワガハイからは、こちらを見てもらおうか」

そう言って狩魔が法廷に設置されたスクリーンに目を向ける。その場の全員が彼に促されるようにそちらを注目すると、ぱっとある画像が表示された。

「こ、これは――!?」

裁判長が驚愕の声を上げる。スクリーンには、証言台に立つ男…被告人が血濡れのナイフを持ってビルから出てくる場面が、俯瞰(ふかん)の構図で映し出されていた。傍聴席がざわざわと波打つように騒ぎ出す。

「これは犯行当日、被害者の住むマンションロビーの防犯カメラが押さえた、被告人の間抜けな姿だ」

「そ、そんな…!私が調査した時はそんな映像は――…!」

弁護人が青ざめた表情で慄くのを、狩魔は愉快げに眺めた。

「フン。キサマの調査とやらがズサンだったというだけの話だ」

「しかし…これは決定的ですぞ。犯行時に使ったと思われるナイフを持って被害者宅から出てきたところなんて――…」

「ち、違ェって!!コレ違ェってよ!!」

裁判長が信じられないというように首を左右に振るのを見て、男は慌てて叫んだ。

「オヤジと飯食った帰りにダチん家寄ったんだって!そしらアイツ、もう血だらけ倒れてたんだって!そしたら…」

「そしたら?」

必死の訴えの続きを、裁判長が促す。

「玄関から誰か出て行く気配がしたから、オレ、そいつを追っかけたんだって!そしたらあの野郎、持ってたナイフを俺に投げつけてきやがったから、オレはそれを拾って…」

「ふぅむ…つまり、その逃げた男が投げつけたナイフを思わず拾ってしまった訳ですな。それで、狩魔検事が提出した画像は、それを捉えた瞬間…という」

「な、なら…!被告人より先に出ていく人物の姿が映っているはず――…!」

男の言い分をまとめる裁判長に、弁護人が指摘する。が、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべて狩魔が口を開いた。

「フン。これには、そのような映像など映ってはいない」

「そ、そんな馬鹿な!!」

弁護士が興奮しきったようにバンと机を叩いた。

「………」

じりじりと、圧倒的優位のまま相手を追い詰める狩魔の気迫を、御剣は食い入るように見つめた。



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