D-Novel:短編

□天啓
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行き交う人の気配のみを鋭敏に感じ取れるほどの静寂を湛える裁判所のロビーで、教師は相変わらず不安そうに辺りを伺っていた。

「えっと――…こっから、どうすればいいのかな…?」

「先生…マジで言ってるんですか?」

ロビーの一角で立ち尽くす教師の姿を、生徒らも不安げに見つめる。裁判所独特の雰囲気に飲まれ、二の足を踏み続ける様子に御剣は苛立たしく舌打ちをすると、1人でさっさとその集団から離れていった。突然すたすたと歩きだした御剣の後ろを、一同は慌てた様子で付いていく。

慣れた足取りで御剣が向かった先は、受付らしいカウンターのある場所だった。御剣はカウンターの上に置いてあるファイルをぱらりと捲り始める。そんな彼の後ろから、教師がおどおどと声を掛けた。

「…み、御剣クン?そのファイルは何…かなぁ?」

「――…今日、ここで行われている裁判の内容が書かれています。ここは第9法廷まである大きな裁判所ですから、ここにあるファイルを見ればどこで何の裁判が行われているのかが分かるんです」

淡々と、そして分かりやすい説明に、またしても一同から「へぇー」という感嘆の声が上がった。

「俺、昼ドラみたいなドロドロ離婚の裁判とか見てみてぇな」

「そのような家庭裁判所案件は原則非公開だ。傍聴は出来ない」

「じゃあ最高裁とかさー」

「最高裁はほとんどが書面による審理になる。素人が見ても分からんだろう」

御剣はそれに付け加えて「ここは地方裁判所だ」と、ファイルを見ながら同級生らの質問に無表情で答えていく。慇懃無礼な態度だったが、一同はやはり感心しきりの様子で御剣を見ていた。

「………」

やがて。

御剣がファイルを閉じるなり、また1人でスタスタと歩きだしたので、一同は先ほどと同じように慌ててその後ろをついて行った。言いだしっぺの教師に、主導権はもうない。

「おい、御剣。どこ行くんだよ」

「第7法廷だ」

「か、勝手に行っていいのかよ?あそこのカウンターにいた人に許可取った方が…」

「必要ない。最初にも言ったが、騒がしくしないのであれば、傍聴は自由に出来る」

「その…第7ナントカで、何があるんだ?」

「裁判に決まっているだろう」

「何の?」

「罪状は殺人未遂だ」

口々に質問する同級生らに簡潔に答えていく御剣だったが、一番最後にさらりと出てきた言葉に、一同はぎょっと目を剥いた。

「さ…さつ!?」

「サツジンって…殺人!?」

「みみ、御剣クン…それはちょっと過激すぎるんじゃないかなぁ」

同級生も、そして教師も尻込みを始める中、御剣だけは変わらず淡々とした様子で歩みを進めていく。

「今回のコレでは証拠審議も行われるし、罪状も素人目から見て一目瞭然だ。せっかくここまで来たなら、ただの書面審理だけ傍聴してもつまらんだろう」

さらに「未遂だから、人は殺されていない」とフォローになっていない言葉を付け加える。そのセリフで一同に走る不安をぬぐい去る事はなかったが、どこかに好奇心があったのか、傍聴を辞退する人間はいなかった。





第7法廷。



荘厳…そういう単語が一番しっくりくる観音開きの大きなドアを前に、御剣を先頭にした一同は立っていた。

「今、開廷したばかりか…」

御剣が腕時計で時刻を確認しながら独り言のように呟く。すると、教師が恐縮しきった様子でドアの近くへと歩み寄った。

「それじゃ、急いで中へ入ろうか」

そう言いながらドアをノックをしようと、教師が右手を持ち上げた時――…

「ノックは要りません」

「へ?」

すかさず御剣が制止に入る。教師は驚いたように彼を見て固まった。

「裁判所…特に審理中は、静かでいる事が絶対です。それはノックも含まれています」

「じゃあ…ど、どうすれば――…」

「黙ってドアを開けて黙って入ればいいんです。それと――…」

御剣は言葉を切ると、ついっとある方向を指差した。そこには、今目の前にあるドアより随分と小さい――…普通サイズのドアがあった。

「そこは当事者入口。我々傍聴人は、あちらの傍聴人入口を使用します」

「そ、そうなんだ…」

「…傍聴しようと思ったのなら、下調べぐらいしてくるのが普通では?」

冷笑とまではいかないが、明らかに呆れたような溜息を御剣は吐く。教師は「あはは」と笑ってごまかそうとするも、御剣の険しい表情は崩れなかった。



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