D-Novel:短編

□れいじくんのおつかい
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玉ねぎは買った。トマトも買った。あとは卵だが…

「ううム…」

眉間のシワを深くさせ、御剣はウロウロと店内を歩き回る。野菜コーナーは一目で分かったが、卵コーナーはなかなか見当たらない。

そうしてぐるぐる散策する事5分…隅っこ置かれた棚に卵のパックが積まれているのを発見し、御剣は安堵の溜息をついた。そこに歩み寄って1パックを手にした時――…

「さぁ!さぁさぁさぁ!!ちょっと見てくださいませんかね!とっておきの商品を今から紹介しますよ〜!」

今度は男性の声だ。御剣はきょとんとして振り向くと、白いエプロンを身につけた板前風の男性が包丁を手にしていた。

「紹介するのはこの…トマト!」

「…」

「じゃなくて、こっちの包丁!これはね、どこにでもある普通の包丁なんだけど…これでトマトを切っちゃうと〜」

男性が手荒い様子でトマトに包丁の歯を押し付ける。次の瞬間、トマトはぐしゃっと醜く潰れてしまった。同時に御剣の表情も険しくなる。

「そうそう〜こうなっちゃうんですよ〜もぅ切りにくいったらありゃしない!そこでこっち包丁の出番です!!」

男性は手にしていた包丁をまな板の脇に置くと、傍らに用意してあった2本目の包丁を御剣に見せつけるように高々と持ち上げた。

「さぁさぁさぁ!よ〜〜っく見てください!ここからが早いのなんのって〜〜!」

素早く2個目のトマトをまな板に置いた男性は、素早い手つきで新たな包丁を振るう。今度のトマトは潰れず、まるで水を切るかのような滑らかさで音も無くスライストマトを次々に生み出していった。

御剣が驚愕の表情で、それを見守る。彼の興味が向いている事を悟った男性は、次に3cm角の角材を取り出した。

「でもこの包丁、ま・だ・ま・だ凄いっ!あんな柔らかいトマトも切って、こんな固ったい角材もまるでほら!食パンみたいにサックサック!」

男性は力を込めるでもなく、先ほどの包丁で角材を厚切りにしていく。見事な手さばきに御剣も「ほぅ」と感嘆の息を零した。

「固い物から柔らかい物まで何でもこざれ!この"匠の奇跡包丁"が1本あれば、向かうところまさに敵なし!そして…旦那、コレ持ってみてください」

テンション高くべらべらと喋っていた男性が、急に腰を低くして御剣に包丁を差し出す。一瞬ぽかんとした御剣だったが、おずおずと手を差し出してそれを手に取った。

「ム…これは」

「分かりましたか?さすがは旦那!そう!この"匠の奇跡包丁"はこの軽さもウリなんですよ!毎日重い包丁で料理を作る奥様の救世主になる事間違いなし!」

「……い、いや。まだそのようなアレはいないのだが…彼女がよく料理を――…」

「あ!いやいやこれは失礼!ですが、なんとまぁ料理好きとは良く出来た彼女さんですなぁ!このご時勢、米も研げない女性も珍しくないというのに、実にいい人!旦那、お目が高いっ!」

声高々に褒められて(いや、冷やかされて)御剣は白い頬をほんのりと赤くしつつ、持たされた包丁を男性に返した。

「さて。この包丁の良さ素晴らしさ、よーく分かっていただけたと思います。今回、この匠の奇跡包丁…7000円で販売致したいと思いますただし!」

本題を言い終えた瞬間に強い口調で次の話へと続き、御剣はびくっと肩を揺らす。

「今回はこちらの"おろし金セット"をお付けいたします!大根はもちろん、この付属のカバーをつければ、生姜やニンニクのような小さな物も指を傷つける事なく最後までおろせます!」

「ふム。それは素晴らしい」

「ありがとうございます、ありがとうございます!このおろし金もセットで7000円!匠の奇跡包丁とおろし金のセットで7000円!この機会でしか買えないお得なセットを、是非どうぞ!!」

御剣は、何の抵抗もなく杏の財布を開けた。

玉ねぎも安く買えたし、良いトマトも手に入った。当初の目的である卵も忘れずに買ったし、ついでに杏へのお土産も買えた。

「フ。我ながらに完璧だな」

御剣は満足そうに笑いながら、愛しい杏が待つ自分のマンションへと戻ったのである。彼女の笑顔と、最高のディナーのひとときを夢想しながら。


***
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