D-Novel:短編

□れいじくんのおつかい
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【近くにスーパーがあるの、知ってますか?マンション出て右に行って、最初の角を左に曲がったあたりにあるんですけど】

【歩いていける距離なんで、お願いしますね。卵と、玉ねぎとトマトもお願いします】

卵だけでなく、アレもコレも買い忘れているではないか。大体、冷蔵庫の中を管理していると豪語するならば、最初に買い物へ行く前に冷蔵庫の中身を確認すべきだったのではないのか?

…という反論は言わず、御剣は杏から渡された財布だけを持ってとぼとぼと徒歩で教えられた道を歩いていった。



***



確かに、スーパーはそこにあった。

"節電対策の為、店内を暗くしております。ご協力お願いします"と書かれた張り紙が貼られた自動ドアを抜ける。薄暗い店内に、御剣は戸惑った。

なんだここは。自分が(時々)行くスーパーとはだいぶ違う。(御剣的に)かなり狭いし、(御剣的に)品数もかなり少ない。そして薄暗さが、彼の中の戸惑いを大きくさせていた。

本当にここでいいのだろうか。そんな不安を感じつつ、店舗入口脇に積まれた灰色の買い物かごを1つ手に取ると、御剣はのろのろと歩きだした。入ってすぐ目の前が野菜コーナーのようだ。

「ふム。玉ねぎはここか」

ごちゃ、と黄色のネットに入った玉ねぎの山から1つ手に取る。ふとその値段を確認した途端、御剣は切れ長の瞳を大きく見開かせた。

「ひ、ひゃくきゅうじゅうはち円…だと!」

安い。(御剣的に)かなり安い。御剣は脊髄に直接雷を打ち込まれたかのような衝撃を覚えた。ネットには3つ玉ねぎが入っているが、3つで198円だと言うのか。と、いう事は…

「……信じられん」

1個当たり66円。頭の中でそう計算した御剣はくらくらと目眩を覚える。日本のデフレがこんなにも深刻だとは思っていなかった。玉ねぎが1玉100円もしないなんて、価格破壊もいいところだ。思わず安全性に異議を唱えなくなるが、ネットに貼られたバーコードには、値段と共に「青森産たまねぎ」と記されていた。

国内産でこの安さとは…御剣は思わず膝に手を付いてしゃがみ込みそうになるが、3個入り玉ねぎのすぐ横にある「徳用玉ねぎ」を見て、それを思いとどまった。

それは赤いネットに大量に詰め込まれた玉ねぎだった。1ネット800円。これも安い。しかし、3個で198円と、確実に15個は入ってるであろう玉ねぎが800円では、断然後者がお得である。さすが徳用玉ねぎだ。御剣は「ムム…」と思わず唸った。

買うなら賢く安く。御剣は手にしていた黄色いネットを元の場所に戻すと、赤いネットの玉ねぎを掴み上げてカゴの中へ入れた。

「あとは…」

「いらっしゃいませ〜!よろしかったら、試食どうぞー!!」

甲高く、威勢のいい声に御剣はぎょっとして立ち止まる。三角巾で髪を隠す女性は、営業スマイルと共に白いトレイを御剣に差し出していた。中には爪楊枝に刺された、1口サイズにカットされた赤い破片がコロコロ転がっている。

「ム。これは何だろうか?」

「はい!これは"太陽の雫"っていう品種のトマトです〜!農家の方がこだわり抜いた、とっても美味しいトマトなんですよ〜!」

トマト。そういえば杏がトマトも買ってこいと言っていた。タイミングのいい登場に、御剣は女性に「どうぞ!」と促されるがまま爪楊枝を摘むと、トマトのかけらを口に含んだ。

「……ほぅ。なかなか美味いな」

「ありがとうございます!」

素直に感想を述べる御剣に、女性はますます笑顔を深くする。彼女の言う通り、この"太陽のなんちゃら"はトマト独特の青臭さは一切感じられず、むしろ果実を思わせる甘味を持っていた。

「美味しさもそうですが、栄養価も他のトマトよりぐんと高いんですよ!特にリコピンの含有量が高くて。リコピンと言えば一時期花粉症の改善に効果があるとか…」

「ム。それは本当かね」

「TVで紹介して、一時期ブームになってました!」

このように美味しい上に、憎き花粉症の改善を期待できるとは…!御剣の心は、もう決まったようなものだった。

「これは、ここで買えるのかね?」

その一言に、女性がぱっと顔を輝かせる。

「もちろんです!!1玉500円になります!」

「ム。そんなに安いのか。ならば5つほどいただこう」

女性は今にも羽が生えてどこぞやに飛び立ってしまいそうなほどの浮かれようで、丁寧に個別包装されたトマトを5つ、袋に詰めて御剣に渡した。御剣は手にしていた財布から精算する。こんなにも美味しいトマトが1玉ワンコインで買えるとは、いい世の中になったものだ。



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