D-Novel:短編

□れいじくんのおつかい
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それは休日の夕方のお話。

冷蔵庫を開けた杏は、その大きな瞳をさらに大きく見開かせた。



***



「怜侍くん」

「なんだ?」

冷蔵庫を閉め、杏はこの部屋の主でもあり自分の恋人でもある御剣を呼んだ。君付け呼びだが、年齢は杏の方が年下だ。

「恋人である以上、呼び捨てでいい」と言う御剣と、「こっちが年下なのに呼び捨ては無理」と言い張る杏との折り合い地点が"君付け"。本当は「怜侍さん」と呼びたかった杏であるが、3ヶ月も経てばこの君付けに対する抵抗感はなくなったようだ。

…そんな事情はともかく。キッチンに立つ杏は、リビングのソファで何やら難しそうな文庫本を読んでいる御剣をカウンター越しに呼んだ。

「卵、使った?」

「ム。何故だ?」

「朝、卵焼き作った時にあと2個余っていたはずなのに、今見たらなくなってるの」

「そうか」

「そうか…じゃ、ないよ!卵がないと夕ご飯作れないよ!」

「どうして?」

「今日、怜侍君のリクエストでハンバーグを作るんだよ?卵がないと出来ないよ」

「そうか」

「………怜侍君」

次の瞬間、声を1トーン低く抑えた杏がジト目で御剣を見た。

「卵、何かに使ったでしょう?」

「………小腹が空いたから、スクランブルエッグにしたのだが」

ダメだっただろうか?と、御剣が問えば杏は大きく首を縦に振った。

「食べるのは別にいいんですけど、黙って食べないで。なくなったらなくなったって言ってもらわないと…」

「………今、君が立っているキッチンを含む冷蔵庫は、私の持ち物なのだが。君に伺いを立てねばならんのか?」

「そりゃー、ここは怜侍君のマンションだけど…ご飯作ってるのは私。すなわち、冷蔵庫の中身の管理人も私!」

びし、と人差し指を突きつけて杏が力強く断言する。法廷での御剣の真似だろうが、指を差された本人は渋い表情で「ぐ」と悔しそうに呻いた。

「卵がないって言ってくれてたら、さっきの買い物で買ってきてたのに」

「ム…すまん。以後、気を付けよう」

「謝罪で済むなら警察はいらないっていうのは、古今東西の常識です…ってなわけで、ハイ」

杏は御剣に近づきながらそう告げると、クリーム色の長財布を彼に突きつけた。以前、杏の誕生日に御剣がプレゼントした、ブランド物の財布だ。

あれからだいぶ日が経つが、丁寧に扱われている様子のそれを見つめてから、御剣は杏に視線を向けた。

杏は、にっこりと笑う。

「おつかい、お願いします」

「………」

返事の代わりに、御剣の眉間にシワが1つ刻まれた。



***
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