D-Novel:短編
□今日も魔の手が忍び寄る
3ページ/3ページ
怒りで目が眩みそうというのは、まさにこの事か…
私は爆発を抑えきれない感情を抱えたまま、受付カウンターへ向かう。カウンター内にいる女性2名が、こちらを凝視していた。
「四葉田杏!貴様…っ!今度こそ許さんっ!!」
「…阿部さん。ごめん。ちょっと早いけど、私休憩入るわ」
「ちょ…四葉田さん!?」
私がカウンターへたどり着くよりも前にひらりとそこから抜け出した杏は、脇目も振らず一目散に玄関へ駆け出した。
もちろん、逃がす訳にはいかない。
「待て!杏!逃亡は重罪だぞ!」
「今ここで待ったら殺されるので嫌ですぅ〜」
「法に触れない範囲で話し合おうじゃないか!」
「それならいっそ、殺された方がマシな気がしますぅ〜」
「よし!あくまで逃げるというならば、その通りにしてやろう!」
物騒なやりとりを繰り広げながら、全力で逃げる杏とそれを全力で追いかける自分。何故こうも"あんな事"を繰り返すのだ。甘やかした私のせいか?しかし、今度こそ許す訳にはいかない。
あんな事…
今朝、イトノコギリ刑事に聞き出した内容を思い返し、再び内腑が沸騰するような怒りが爆発した。
【み、御剣検事殿の髪に……その、リボンのヘアピンが】
リボンのヘアピン。
はっと髪に触れると、本来なら感じるはずのない固い感触が、後頭部の左側あたりに確かにあった。取り方が分からず力任せに引き抜いて確認する。
「………っ、な?!」
…リボンはリボンでも手のひらほどの大きさで、どぎついピンクのそれの中央にはプラスチック製なのにやたらとキラキラ光る大きな玩具の宝石がついていて、トドメに白いレースで縁どられた…どこまでも悪趣味なデザインだった。
それが…この私の髪に取り付けられていたなどと…
しかも、執務室に行く前に馴染みの喫茶店へ入ったり、牙琉検事やゴドー検事にも会ったというのに…!
誰も何も指摘せずに…!
…くそ!この屈辱、晴 ら さ で お く べ き か!!
「大体、私が犯人だという証拠があるんですか〜?」
「貴様が逃亡してる事実が、既に証拠だ馬鹿者!!」
そうだ!犯人は貴様しかいないのだ四葉田杏!!大体、これが初めての犯行ではないのだ!言わば前科持ちなのだぞ!それに、仕掛けたタイミングはどう考えても眠る私を撫でる君と過ごした昨夜しかない!
最初はアイシャドーとやらを塗られ、2回目はグロスをつけられ……そして今回のコレ!もう執行猶予を与えるのも限界だ!今日こそは、今回こそは思い知らせてやらねば!!
それもこれも、あの魔の手がいけないのだ!微睡む私を優しく誘いながら、その裏で私を嘲笑う策略を施す、その手が!
毎度毎度同じ手段で同じ辱めを受ける自分も大概アホだが、原因を根本から正すしかない!
「いいか!?投降するなら今のうちだ!そっちから悔い改めるというなら…」
「……」
「法に触れない範囲で許してやる」
「…やっぱり嫌ですぅ〜」
寝癖を直そうとしただけです〜などとトボけた事を抜かす杏を、私はいつまでも追いかけ続けたのだった。
そう。
君の手のせい。君の手が、罪。
抗えないのだから、私に非はない。
そして。
また次も、懲りずに魔の手が私に忍び寄る。
***END.