D-Novel:短編

□おふろあひる
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「……杏」

「んー?」

風呂から上がった私は、Tシャツに腕を通しながらリビングへ移動し、そこのソファで寝転んで携帯ゲームをする杏を呼ぶ。

「あれは何だ?」

「………なぁに?アレって」

ゲーム画面を見たまま、何やら一生懸命指先を動かす彼女は、私の問いかけにワンテンポ遅れて返事をした。

「なぁに?ではない。バスタブにあったヤツだ」

「………」

「………」

「………」

「……おい」

相変わらずこちらを振り返りもせず、ゲームを続ける杏に思わず苛立った声を上げる。と、同時に「あぁ」とようやく彼女から反応があった。

「おふろあひる」

「……何?」

私の疑問に、杏はようやく携帯ゲームから顔を上げてこちらを見てくれた。

「だから、おふろあひるだよ。黄色のアヒル。お風呂に浮かんでいるアレ。知らないの?」

知る・知らないで言えば前者なのだが、私が聞いているのはそういう事ではない。

「知ってるが、何故あそこにあるんだ」

「私が持ってきたから」

「……持ち込んだ方法ではなく、目的を聞いているんだが私は」

不毛な会話に思わず眉間にシワを寄せる。しかし、何故か杏は嬉しそうに微笑んだ。

「かわいいでしょ?」

「………」

「…あれ?ダメだった?」

表情を更に険しくさせる私に、杏はきょとんと目を丸くする。どうやら本気で"かわいいから持ち込んだ"ようだ。

フッ、と溜息を吐き捨てて、対面式のキッチンへ入ると冷蔵庫を開ける。

無言で行動を続ける私を暫く見つめていた杏は、ゲーム機を置くとソファから降りて私の傍へ歩み寄ってきた。

「ね?御剣さん。ダメだった?」

繰り返される彼女からの質問。私は無言のままミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、冷蔵庫を閉める。

「…ねー。勝手に持ってきちゃダメだった?」

変わらず無言のまま、ぎりっとペットボトルの蓋を捻る。杏は今度は私のTシャツの裾を掴んで引っ張ってきた。

とりあえずされるがままになりながら、開封したミネラルウォーターを1口飲む。それからようやく私は傍らの杏を見下ろした。

「ダメとは言っていない。それならベッドに転がっている豚の時点で言っているだろう?」

「ホント?良かった。怒ったのかと思った」

口元を綻ばせて、杏が微笑む。満足いく回答を得られた彼女は、ようやく私のTシャツから手を離した。

「…しかし。アレは必要な物か?お互い子供じゃあるまいし」

「子供でスミマセンね…でも、癒しになりません?」

「………」

呆れた感想を視線に込めて、杏を見つめる。悟った彼女は更に説明を続けた。

「ほら。1人で入るよりか楽しくなるじゃないですか?」

「君が入れば万事解決すると思…痛っ」

私が言い終わらないうちに、すぐさま彼女の(ごく軽い)蹴りが腿に入ったので、義理で呻き声を上げてやる。

「いつでも私がいるとは限らないでしょ?」

「それもそうだな。だが、たかが風呂だ。1人でも何の支障もない」

さらりと言うと、彼女は何が不満なのか頬を少しだけ膨らませた。しかし次の瞬間、「あ」と一声上げるなり、両手をぱちんと打ち鳴らす。

「そうだ。あの"おふろあひる"には、とっても便利な機能がついてるんです」

「…なんだ?」

そんな御大層なモノには見えなかったが。単なるゴム製品だとばかり…

「適温になると、ほっぺたが赤くなるんです!」

「………」

力説した彼女を、私は無言で見下ろしてからリビングのソファへとのろのろ歩いていく。

無視された形の彼女は「ちょっと!すごくないですか!?」と更に声を上げた。



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