D-Novel:短編
□飛行機雲を追いかけて
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「…ねぇ」
『なんだ?』
「有意義に……過ごせてる?」
"そっちは楽しい?"とは聞けなかった。
だって、こっちは楽しくないから。
『そうだな……学ぶ事は多い』
「そうか」
『そうだ』
「……私、今、海に来てる」
『1人か?』
「すみませんねぇ、1人で」
『………』
「飛行機雲」
『…何?』
「さっきまで、飛行機雲、追いかけてた。」
『そうか』
「あれ追いかけてたら、御剣さんのトコ行けたかも」
『………その飛行機は、イギリスへ行く便だったのか?』
「………さぁ?」
違うよ。
言いたいのは、そういう事じゃないよ。
ロマンに欠ける男だな。
「…ねぇ、御剣さん。本当にそこにいる?」
『当たり前だ。さっきから何を言ってるんだ君は』
「…私達、今居る場所違うし過ごしている時間違うし電話の声も遅れて聞こえるし…同じ地球に居るのかなって」
『………』
「…遠いね。イギリス」
『………なら、こっちに来るか?』
「………」
相変わらず酷い男。
頭の悪い私がそっち行ったって、御剣さんの役に立たない上に、あしでまといになるじゃないか。
私がそういうのが嫌なの、知ってるくせに。
――…バカ御剣。
「……ヤダ。日本好きだから」
『……そうか』
「………」
『………』
不意に途切れた会話に、思わず目を伏せた。
生ぬるい潮風が、肌にべたべたとまとわりつく。
『……そこは』
「…?」
『今、何月何日だ?』
「………7月14日ですけど」
『そうか。ここも7月14日だ。同じだな』
私は思わず溜息を付く。
「でも、そっちは7月14日になったばっかでしょ?こっちはあと半日もしないうちに次の日になっちゃうんだからね」
『そうだ。君の方が9時間早い。9時間、先にいる』
「………」
『私は、その後を追いかけているのだよ……分かるな?』
そうか。
御剣さんは、私の後ろにいて。
私を追いかけているんだ。
ちょっと…いや、かなり嬉しい。
「じゃあ、御剣さんが追いつくまで、こっちで待ってる」
『分かった』
「絶対、追いついてね」
『約束しよう。必ず……追いついて君を捕まえてみせる』
もう捕まってるよ
…なんて、クサすぎて言わないけど。
『…そろそろ支度をせねば』
「うん。今日も1日頑張ってね」
『あぁ…では』
「うん…」
あっさりと役目を終えた携帯電話を、もう一度ポケットへ突っ込むと、私は自転車を反転させて元来た方向へタイヤを走らせた。
もう馬鹿みたいに、飛行機雲を追いかけ回さなくても大丈夫なんだと教えてくれたから
思わず涙が1粒、零れ落ちそうになった私は、高い空を仰ぎ見た。
飛行機雲は、もう見えない。
***END.