D-Novel:短編
□飛行機雲を追いかけて
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♪〜♪♪〜♪〜〜
不意に、ポケットに突っ込んでいた携帯が、着信を告げるメロディーを歌いだした。
手に取って、液晶画面に表示された登録名を見つめる。
ピ。
「…もしもし」
『…おはよう。杏』
「おはよう、御剣さん。こっち、もう"おはよう"じゃないけどね」
皮肉を口にすると、電話の向こうでは『あぁ』と何やら脱力する声が上がった。
『そうか……そっちは今、昼くらいか』
「そうだよ」私は海を遠く眺めながら答えた。
「今、何してた?」
『何って…今起きたばかりだが』
「起きて一番最初に会話した人、私?」
『そうだな。光栄に思いたまえ』
優越感が、少しだけ唇の端を持ち上げる。
「…そっちはどう?」
『問題無いな』
「浮気してない?」
『それこそ問題はない』
「でも御剣さんはそう思っても、周りがそう思ってない場合があるからなー御剣さん、頭いいのにそのジャンルに関しては疎いからなー信用ならないなー」
『…どういう意味だ?』
「積極的なロンドン美女に、もう押し倒されたんじゃないかなって」
『…君は忘れているようだが、私も一応、男だ。そのような無様な事態になる事はありえない』
「イギリス、同性婚アリなんでしょ?」
『……同性婚ではない。パートナーシップ法だ』
一通り、馬鹿な話を楽しむ。彼の声が鼓膜に触れる度、長く自転車をこいできた疲れがじわじわと溶けていった。
飛行機雲は、次第にその線を崩していく。
***