I want youの使い方

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來が状況を把握したその2日後。相変わらずゲストルームでの療養を余儀なくされている來の元に、ラディとノーラが共にやってきた。単なる様子見ではない雰囲気を察して、來はベッド傍の椅子に腰掛けて居住まいを正すと2人と対峙する。そんな彼女をじっと見据えるラディは、徐に話し始めた。

『…貴方にとっては急な話ですが。明日、当家で夜会を催します』

『…………やかい、って…あの。パーティー、ですか?』

『分かりやすく言うと、そういうことです。規模はささやかですが、ゲストをお招きして立食および歓談する集まりです』

屋敷に置かせてもらうようになってから、初めての執り行われる華やかな催し。元の時代でも経験した事がないパーティーに、來の胸はわくわくと高鳴る。大英帝国時代の貴族のパーティー…映画とかマンガとかでしか見たことがないきらびやかな世界を、実際に目にする日が来るなんて――…!

眩しいシャンデリアの下で、華やかなドレス姿に身を包んだ貴婦人と落ち着いた装いの紳士が優雅にワルツを踊る光景を脳裏にうっとりと描きつつ、來はラディに尋ねた。

『分かりました!明日ですね!じゃあ、早速準備に取り掛かります!お掃除と、お花も用意しなきゃですよね!食器もぴかぴかに磨いて…うわぁ、忙しくなりそ――…』

『いえ。準備は我々で行いますので、貴方は休んでくださって結構です』

あれこれと段取りを組もうとする來の言葉尻を、ラディはばっさり断ち切って言い放った。一瞬、ぐっと台詞を飲み込む來だったが、すぐさま反論する。

『で。でも!私、ずぅっとお仕事を休んでたし、お掃除する場所が溜まってるんじゃないんですか?普段から人手がいなくて忙しいのに、私の看病まであったんですからきっと…!』

『その事についてですが…貴方に紹介したい人間がいるのです』

急に変わった話題に、『え?』と來が戸惑っていると、ラディとノーラがその場から少しだけ移動する。するとそこに、1人の女の子がちょこんと現れた。大柄な2人の背後に隠されていたのだ。くるんとカールした赤毛をメイドキャップに押し込んでから、彼女は全身を緊張でがちがちに強張らせ、來に対して勢いよくお辞儀をした。

『わっ、わっ…!わた、わたす、コレットと言うますぅ!!とんでもねぇ田舎村からやってぎた小娘でっ!こんなすんげぇお屋敷さ仕えてまだ1カ月半だけんども、実家のお母ちゃんと8人の弟妹さ腹いっぺぇ食わしてやれるように一生懸命働きますだら!よろしくお願いしますさ!!』

『……………ょ。よろ、しく』

コレットの勢いに圧倒されて呻くように呟く來。唖然として言葉を失っているのは、彼女の訛りに驚いたからではなく、バンジークス家のお仕着せ…メイド服を着ているという事に、だ。固まる來をよそに、ラディは話を続ける。

『…貴方が臥せっている間の仕事は、新たに雇った娘にやってもらっていました。夜会当日も、他家から従僕やメイド、コックなどを派遣してもらうよう既に手配済みですので、貴方のお手伝いは必要ないのです』

『そう!だって明日の夜会の主役は、ライちゃんなんだから!お手伝いだなんて、とんでもない!!』

にこにこと微笑むノーラの言葉に、來は目を丸くした。ラディがはぁと重く溜め息をついてノーラをどんより見据える。

『夜会の詳細について、僕達からは話すなと御主人様から言われていたのに、何を勝手に…』

『あ、あら!まぁ!ごめんなさいラディさん!この屋敷でパーティーがあると思ったら、なんだかワクワクしてしまってつい…』

『……ラディさん、あの。明日の夜会って、一体何のための――…』

『…………』

來からの問い掛けに、ラディは少し考え込むように一度目を伏せたが再び視線を上げて口を開いた。

『明日の夜会は……言わば、貴方の"お別れ会"です』

『――…おわかれ……』

思わぬ言葉に、來は呆然と呟く。そんな彼女をよそに、ラディは話を続ける。

『当家での滞在期間は1年間。貴方がこの屋敷に来た当初に、御主人様がそうお決めになられました』



【期間は1年間。それまでに帰られれば良し、万が一帰る気配がない時は――…屋敷から出てこの時代に"住む"という覚悟をしてもらう】



…帰る気配どころか、あの本を焼失してしまった今、永遠に帰れない事が決定している。何年この屋敷に居ようが、帰れることはないのだ。

だから…約束通り、去るしかない。この屋敷から。

そして、彼の元から……



去年、バンジークスから告げられた言葉を思い出し、來はきゅっと唇を固く引き結ぶ。

『まぁ、その期限から既に1カ月過ぎておりますが、状況が状況でしたから。やむを得ず延長していたのですが…もう、体調の方は問題ない筈ですね?』

『………、…はい』

『ならば結構。貴方の新たなる門出を祝うための夜会です。御主人様のご配慮に感謝するように』

『………ありがとう、ございます』

失意が、落胆が、自分の心を覆う。急速に冷えていく心を感じながら、來は俯き震える声で返事をした。涙は、見せたくない。泣いたって、決まりきった状況は変わらないのだ。

揺らぐ感情を必死に堪える來に、ラディは『では。僕達はこれで』と告げるとノーラとコレットを引き連れて退室していった。ぱたんと扉が閉じるのと同時に、堪えていた涙がぽろりと溢れる。やっぱり泣いてしまった己に悔しさを感じながら、來は止まらない涙を懸命に拭った。



【私の元へ来い!ライ!!】


「う、っ……!」

ふと、あの時の…バンジークスの力強い声が鼓膜に咲く。燃える廃病院の中にいた自分を見つめ、腕を伸ばして叫んだ彼。あの時…自分は何もかもを忘れ、彼の胸に飛び込もうとした。自分の元に来いと言う彼の傍にいたいと思った。両親も、友達も、故郷も、自分の正しい時間も何もかもを忘れて、彼の…バンジークスの傍にいたいと願ったのだ。メイドでも何でもいい。ただ、あの人の傍に居られたら、何を失ってもいい――…と。

「……う、……っ!ひっ、ぅう――…!!」

嗚咽を殺しながら、來はシーツをぎゅっと顔に押し付けるように抱きしめ、ごろりとベッドに横たわった。泣いたって仕方ないのだ。傍にいたいと願っても、屋敷から去るのが彼との約束だったのだから。あれは、火事から自分を助け出すためだけの台詞。ただそれだけの意味だ。

……本来は115年後を生きるはずだったのに、これからは彼と同じ時代を生きていける。

傍ではないが、同じ時間を生きていけるのだ。それでいいじゃないか。



震えながらベッドに伏せる來は、自分を覆う冷たさに向かってそう言い聞かせた。



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