I want youの使い方

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朝一番に呼ばれた老医者による來の診断結果は、良好なものではなかった。火傷はどれも軽いもので済んだが、投薬による影響が重篤らしい。幸い、阿片といった悪性の成分は検出されなかったが…だからといって楽観視出来る状態ではない。

『火傷はじき治る。痕も残らん……じゃが、目覚めるまで時間がかかる。それほどに投薬の影響は根深い』

『……今、出来る最善の治療法はなんだろうか?』

ゲストルームの大きなベッドに寝かされている來を見つつ、バンジークスは問う。老医者は『ううーーーん』と唸りながら己の顎ひげをもしゃもしゃと揉んだ。

『このまま寝かせておく事以外、打てる手はないのぅ』

『………』

『薬が体内から自然と抜けるのを待つしかない。時間はかかるが…それが今のこの娘にとって一番の治療法じゃ』

『…彼女は、いつ頃に目覚めるだろうか?』

老医師の説明を険しい表情で受け止めて、バンジークスは再度問い掛けた。

『今日明日というような単純な話でない…と、だけ断言できる。ひと月は覚悟しとくことじゃ』

『………必ず良くなると、そう考えていいのだな?』

どこか思い詰めた様子で來を見つめるバンジークスの横顔に、老医師は丸い体を揺らして穏やかに笑ってみせた。

『時間さえ掛ければ、必ずや改善へ向かう。諦めず見守ってくだされ』

『………あぁ』

老医師の言葉に、バンジークスは目を閉じて深く溜め息をついたのだった。





來の診察を見届けてから、バンジークスもやっと休息を取る気になった。というより、全身から重く訴えてくる休息要請を無視出来なかった。彼女が拉致されてから6日目。自分もようやく解放されたような心持ちで主寝室へ向かう。主の寝支度を手伝うラディだったが、ふと何かに気付き『おや?』と声を漏らした。

『どうした?』

『……あ。いえ、失礼いたしました。御主人様の左手首に巻いてありました呪具が見当たりませんでしたので』

指摘に、バンジークスは己の左手を軽く持ち上げて視線を向けた。確かに彼の言う通り、赤と黒の刺繍糸で編み上げられた呪具…ミサンガがない。いつの間に無くしてしまったのか。來の捜索に没頭している間は気を向ける余裕はなかったが、あの火事で焼き切れたのかもしれない。



『………』

『御主人様?』

ラディの呼び掛けに、バンジークスは手首を見ながら『いや…何でもない』とだけ応えた。



***






そして。

老医師の診断通り、來はこんこんと眠り続けた。寝息の気配すら感じさせないほど静かに、そして深く深く眠り続けた。ともすれば息が止まっているのではと、ノーラは來の様子を逐一見に行くのだった。

献身的なノーラとは対照的に、ラディは眠る來に会おうとはせず、日々淡々と自分の仕事をこなしていた。心配する素振りや気に掛ける様子すらも見せない彼を、最初こそ薄情な人だと思っていたノーラだった…が。來の傍にラベンダーやカモミールといった花が花瓶に毎日活けられている事に気付いて、自分には心当たりのない花束の存在をノーラはラディに何気なく尋ねた。



『……ラベンダーやカモミールには、体内の毒素排出を促す作用があると聞いたので…まぁ、ティーの話であって香りごときでそのような効果があるとは僕は思いもしませんが。少しは何かの足しになるのではないんですか?知りませんがね』



――…と。

仏頂面でぼそぼそと語るラディの頬は少しだけ赤くなっていて、ノーラは笑ってしまったのだが。

バンジークスは、昼間は検事としての仕事をこなしつつ、帰宅後は來の様子を見にゲストルームを一番に訪ねた。変わらず静かに眠る彼女を少しの間無言で見つめ、最後にその頬を指の背で一度だけ撫でてから立ち去る。名前を呼ぶ訳でも語り掛ける訳でもなく、ただただ見つめて頬にごく軽く触れるだけだが、傍に控えるラディには彼の伏せ目がちな眼差しに奥深い想いを秘めているように感じた。



そうやって、彼女の目覚めを静かに見守るバンジークス邸に、ある報告がもたらされた。それは、來が眠り始めて2週間が経った頃だった。



不審火で焼け落ちた廃病院より発見された男が、病院に収容されているとの情報が。



***
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