I want youの使い方

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2人が屋敷に戻ったのは、朝の気配を感じ取った夜がゆっくりと白んできた頃だった。



*** 



馬を邸内の庭へ引き入たバンジークスは、來を片腕で軽々と抱えたまま玄関扉の前までやってきた。さすがに少し疲れたか、軽く溜め息をついて目の前の扉を見る。もうすぐ夜明けだが、朝一番に目覚める執事はまだ起きてはいない頃合いだ。そんな考えを胸中に留めつつ、バンジークスはドアノッカーに手を伸ばした。

その、次の瞬間――…




ばたんっ!


『!?』

扉に触れるよりも前に、そこは勢いよく開け放たれた。予想に反した展開に驚くバンジークスの目の前には、執事・ラディの姿があった。主の帰宅を察して急いで駆け付けたのか、ぜーぜーと肩を上下させて息をしている。しかも、ネグリジェ&ナイトキャップという夜着のいでたちだ。どう見ても"たった今、飛び起きました"という様子に、さすがのバンジークスも目を丸くしたまま言葉を失う。

ラディは強張った表情で己が主…ではなく、彼が抱えている來を凝視していた。暫く、それこそ穴が開くほど見つめてから、ラディは小さく震える手を來へ伸ばす。

『……な、なんと…………なんと…っ!何という――…!!』

『………』

『生きて……生きてた…!何という奇跡………神よ……ッ!!』

『ラ』

ラディ、と。バンジークスがそう呼ぶよりも前に、執事は断りもなく腕の中から來を取り上げてしまった。ラディは目を真っ赤に潤ませ『なんと…なんという…!』と震える声で繰り返し呟くと、主にあっさり背中を向けて中央階段をどたばたと慌ただしく駆け上がっていく。そしてこれまでにない上擦った大声でノーラを呼びつけた。

『ノーラ!!!来てくださいノーラ!!娘が!帰って!!今ッ!生きて!!あの娘が!!ノーラ!!』

『………』

もう執事を呼ぶのを諦め、傍観モードに入るバンジークスである。やがて遠くからバタバタと駆け寄る足音が響いてきて、こちらもまたネグリジェにナイトキャップ姿のノーラがやって来た。何となく次の展開を察して、バンジークスは両手で己の耳を塞ぐ。

と、同時に

『んま……っっっ、まぁあああぁぁああああああああああああ!!!!!!ライちゃん!!!ライちゃぁぁああん!!!あぁああああぁあ…ホントに……ホントにライちゃんが……神様…感謝いたします……感謝いたしますうぅっ!!』

『なっ、泣いてる場合ではありません!早く…早くこの娘をベッドへ…ゲストルームが一番近いですからそこへ…!僕は医者を呼びますから!』

泣き崩れるノーラを叱責するラディだって、その声は涙にひび割れて掠れているのだが。2人はバンジークスを放置したまま、來をいそいそと運び込んでいった。そんな光景を無言のまま見送るバンジークスは1人、広く豪華なエントランスホールにぽつんと取り残される。

『――…』

次第に白さを増す朝日が屋敷の窓から差し込み、屋内を照らす。柔らかく、そして清々しい光が満ちて、闇に沈んでいた屋敷が息を吹き返す…そうやってゆっくりと目覚めていく屋敷を肌で感じながら、バンジークスはふっと目を細め深呼吸をした。






さて。

來の帰還に慌ただしく走り回っていたラディ達が一段落ついたのは、バンジークスが放置されてから約20分後の事で。それまでその場に立って待っていた彼の元に、夜着姿から燕尾服に着替えたラディが気まずそうな表情でやって来た。

『………………お帰りなさいませ、御主人様』

『………あぁ』

いつもより深々と頭を下げて出迎える執事の姿に、バンジークスはフッと小さく笑って応えたのだった。



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