I want youの使い方

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炎の中、バンジークスと医師の攻防が幾度も重なり、その度に金属音が辺りに高く鋭く響き渡る。こちらを食い入るように睨みつけてくる医師の眼差しを見据えながら、バンジークスは今の状況を静かに分析していた。

――…正直、自分の相手ではない。攻撃、防御…全てに置いて向こうが劣っている。武道の経験が浅いか、皆無なのだろう。こうしてぐだぐだと相手せず、とっとと鉄パイプを取り上げるか腕の1本でも切り落とせばそれで決着は着く。腕でなくとも首を落とす方が手っ取り早いか。しかし、それでは別の問題が発生する。

…火事を聞き付けて、そのうちヤードがやってくるだろう。そして焼け跡から他殺体が見つかったとしたら。更に自分が関わったと分かったら……ヤードもバカではない。それくらいの事など、捜査すればいずれ明らかになる。その事を考えると慎重にならざるを得ない。ならば、言葉は悪いが半殺しにすればいいかもしれないが、医師のあの半端ない執念は半殺し程度では収まりそうにない。今後も隙あらば彼女を狙うだろう。

相手を殺すことなく、かつ彼の野望を諦めてもらうには……



『はぁ…はぁっ…くそ!!』

『………』

息も絶え絶えの医師が、再び鉄パイプで殴りかかってくる。それを難なくサーベルで受け流し、とりあえず得物を取り上げてから次を考えるか…と、バンジークスは間合いを一気に詰めた。

そんな時――…



ガラガラガラ…

「きゃっ!」



『!?』

瓦礫が燃え落ちる音と同時に、彼女の悲鳴が小さく聞こえたような気がして、バンジークスは反射的にその方向へはっと顔を向ける。そして次の瞬間。

『うぉおおお!』

『ぐっ!?』

医師による渾身の一撃が、バンジークスの右側頭部に当たった。直撃した訳ではなかったが、掠ったとはいえ衝撃と痛みにバンジークスはがくっと片膝を付いてしまう。反動で取り落としてしまったサーベルへ咄嗟に手を伸ばすが、それより先に医師が彼の手を踏みつけた。

『っ!』

『…………これはこれは。まさかの展開だ。よもや貴方ほどの使い手から1本取れるとは』

頭上からの勝ち誇った声に、バンジークスは顔を上げる。不敵に笑う医師が悠然とこちらを見下ろしていた。

『油断大敵とはまさにこの事。あんまりにもボクを見くびりすぎじゃないかい?バンジークス卿』

『…!』

医師の足がぐりぐりと手を踏みにじり、バンジークスは微かに顔をしかめる。存分に踏みにじってから、ぐぐっと更に体重を掛けて医師は口を開いた。

『全く…意味が分からない。あんなにも稀有な存在を放っておくばかりか、その価値に気付かないなんて…この世はボクのようないち早く真価を見抜ける優れた人間が治めるべきだとつくづく思うよ』

『…………………フッ。ククククク…』

バンジークスが俯くなり、急に忍び笑いを漏らす。突然の"奇行"に、医師は怪訝そうに眉をしかめた。

『――…何がおかしい?気でも触れたか?』

『…クククク……いや。気の触れ具合については、貴様よりは幾分マシだ』

『………』

『ただ……彼女に"世界を手に入れる程度の価値"しか見えてないのが、なんとも愚かだ』

『……………あの娘に、それ以上の価値があるとでも?』

医師の問いに、バンジークスはゆっくりと顔を上げて彼を見る。殴打された傷から血が滲み、こめかみから頬へ伝い落ちるのもそのままに医師を見据え呟く。

『彼女は……世界を変えてくれる』

『……………確かに。彼女と出会って、ボクの世界も様変わりした。今後も更に変わるだろうね』

薄笑いを浮かべ、医師はゆっくりと鉄パイプを高く掲げる。

『貴方に見せられないのが残念だが、続きは天国から存分に眺めたらいい……いや。"死神"だけに、地獄から見上げるのかな?』

『………』

『…新しい世界の礎になれる事に感謝するんだな!』

叫ぶと同時に、医師は鉄パイプをバンジークス目掛けて降り下ろした。視界に勢いよく切り込んでくるそれを、バンジークスは瞬きを一切せず見つめる。顔を背むけず、鋭い眼光で医師を見ていた。






『やめてぇっ!!!』



『『!?』』

突如として飛び込んできた声に、2人は同時に振り向く。燃え盛る炎を背景に、確かに來が立っていた。

その胸に、歴史書をしっかりと抱えて。



***
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