I want youの使い方
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來が失踪して5日が経った。
***
『…おっと。ノーラじゃねぇか、久しぶりだな。今日はウチの野菜に用かい?』
『…ま………まぁまぁ…八百屋のご主人。今日はね、いいのよ。ありがとう』
『あ。そういや、ライちゃんは?』
『え、え、えっ!?!』
『見つかったかい?ちょっと前に探してただろ?』
『まっ、ま、まぁまぁ…えぇ、まぁ、お陰さまで…えぇホント。心配掛けてごめんなさいね』
『最近とんと姿を見ないが…もしかして…死神の旦那にビビって逃げ出したかい?ふへへへ――…』
『んまっ…!まぁまぁ!!逃げただなんて!!!そんな事ありませんよっ!!』
『お、おぅ…そんならいいんだよ。だけど怒るこたないだろ?』
『ま、まぁまぁ…まぁ、それもそうね。やだわアタクシったら……おほ、おほほ、おほほほほほ〜……』
困ったように、そして盛大に慌てふためきつつ愛想笑いしながら足早に立ち去るノーラを、八百屋の主人はぽかんと見送ったのだった。
***
バンジークス邸に帰りついたノーラだったが、裏口からキッチンへ入るや否やその場でがくっと膝をついた。肩を落として項垂れる彼女を気遣う人間は見当たらない。静かすぎるくらい静かなキッチンで、ノーラはしくしくとすすり泣いた。
來がいなくなって5日。その間、何1つ明らかにならなかった。來の行方も足取りも、あの日からぷっつりと途絶えたままだ。まるで煙のように…いや、煙よりもあっけなく消えた彼女の事を思うと、それだけでノーラの胸の深いところがしくしくと痛みだす。あの日、何故彼女におつかいなど頼んでしまったのだろうか。自分が行けば良かったのだ。そうすればこんな事にならなかったはず。
なのに…
なんでこんな事に――…!
『………ノーラ。図体の大きい貴方がそんな所で座り込むと、とても邪魔です』
頭上から呼ばれてはっと顔を上げるノーラ。執事・ラディが怪訝そうに顔をしかめてこちらを見下ろしているのが見えて、ノーラはますます涙を流した。
『ノーラ……』
『あぁ、どうしましょうラディさん。アタクシ、どうしたらいいんでしょう。もうどうしたら………』
悲痛に滲む問い掛けには何も答えず、ラディはノーラを立たせると支えながら近くの椅子に座らせた。一向に泣き止まない様子を見かねてハンカチを差し出すと、ノーラは礼も言わずそれを受け取り、ひとしきり涙を拭ってから鼻をぶびーっとかむ。お約束な流れをラディは眉を寄せつつ無言で見ていたが、やがて静かに口を開いた。
『……これでは仕事になりませんね。今日はもう休んでしまいなさい。外にでも出て貴方の好きな質屋巡りでも…』
『ライちゃんがっ!ライちゃんがどうなってしまったのか分からないのに!暢気に質屋巡りなんて…アタクシは出来ません!!』
涙声の絶叫に、ラディはやれやれと肩を竦め溜め息をついた。
『…何でそう悪い方へと思い詰めるんですか?』
『ラディさんは何でそんな平然としているんですか!?あの子がもしイーストエンドなんかに連れていかれてたら…!』
『――…あの娘は、帰ったんですよ』
唐突にぽつりと呟かれたラディの台詞。静かな物言いに、ノーラは唇をぎゅっと引き結ぶ。
『娘は…元々"ここの者"ではありません。これまで共に生活してきて貴方は忘れていたようですが、いずれはここから去る人間でした。だから…』
『だから、だからいなくなったと言うんですか?こんな突然、さよならも何も言わないまま?そんな事って…!』
『娘が"ここ"へやって来たのも、ある日突然でした。だから、突然帰ったとしても不思議ではありません』
ラディの淡々とした口振りに、ノーラはふるふると唇を震わせる。その表情は、到底納得できないと言わんばかりに強張っていたが、それでも彼は冷静に告げた。
『元の時代へ帰る"鍵"と言われた本も消えたんです。条件が揃えば、娘を帰る場所へ導くと言われた本が』
『………』
『だから…あの娘は帰ったんです。5日前のあの日に、条件が揃ったのでしょう』
『……そんな…そんな事って――…!』
『ノーラ。もうあの娘の事は忘れましょう。そして…今日は休みなさい』
自分の言葉に愕然とするノーラを残して、ラディはキッチンを後にした。歩き出してから暫くしてノーラのすすり泣きが再び聞こえてきたが、ラディが玄関ホールへ辿り着く頃には辺りは静寂に支配されていた…単純に、彼女の泣き声がここまで届かないからだが。そんな無音の空間を、ラディは不機嫌な様相で見回す。
……來がここに来る前の状態に戻った屋敷。それなのに、この静けさに違和感を覚える自分に、ラディは思わず舌打ちしたのだった。
***