I want youの使い方

□12
1ページ/5ページ




過労で倒れた來が全快したのは、それから3日後のことだった。



***

ネグリジェから久しぶりのお仕着せ服に着替えた來は、自室から出ると意気揚々とした足取りで廊下を歩き出した。朝日が静かに、そして次第に強くなるのを窓ガラス越しに感じながら、早朝の冷えた空気を胸いっぱいに吸い込む。清々しさが体中を駆け巡って、気持ちまでも晴れやかだ。高揚とした気分に、來は廊下を駆け出した。

高熱でうんうんうなされていた來だったが、成歩堂と寿沙都らが来た日の翌日には熱も下がり、更にその次の日には起き上がって与えられた食事もしっかりと食べられるようになった。

すぐにでも働くつもりだったのだが許してもらえず、仕方なくもう1日寝て過ごした。テレビもスマホもない時代は退屈すぎて、じゃあ英語の勉強をしようとこそこそ起きて机に向かっているところを様子を見に来たノーラに咎められ、勉強道具を取り上げられてしまった來である。

そうして。ようやく起きる事を許された來の足取りは、いつにも増して軽やかだ。そんな勢いのままノーラがいる1階の厨房へ駆け込み、挨拶をする。

『おはよーございマス、のーらサン!』

『まぁまぁ!おはよう、ライちゃん。すっかり元気になったようで良かった〜!』

『のーらサンがシンパイ、思ウ、ソレ、とても ゴメンナサイ。だけど、ワタシ、ダイジョーブなのデス!ホントに!』

ガッツなポーズでアピールする來。ノーラは無邪気な彼女をニコニコと眺めた。

『まぁまぁ、あんなにうなされていたのが嘘みたいね。お仕事、今日からまたよろしくね』

『ハイ!ありがとーございマス!』

『……では、早速これを』

張り切る來の背中に声を掛けてきたのはラディだ。振り返ると同時に銀の盆を手渡され、反射的に受け取る…盆には紅茶が注がれたティーカップが1つ、そして新聞紙が置いてあった。

『それを、御主人様へ渡してください』

『まぁまぁまぁ、まぁ!!ラディさんがライちゃんにお仕事を頼むなんて!今日は吹雪かもしれませんわ!』

『……別に僕も、好き好んで頼んでる訳ではないんですよ。これは御主人様からのご指示なんです』

どこかぶすっとした様相でラディが呟く。來は盆を持ったまま、ぽかんと執事を見ていた。

『まぁ、御主人様がですか?』

『夕べ、ナイトティーをお持ちした時に。明日のアーリー・モーニングティーは娘に持ってこさせろと……話があるそうです』

『………』

会話について行けず呆然と突っ立ったままの來を、ラディは横目で一瞥してから溜め息を吐き、彼女とのろのろと向かい合った。

『…それを、御主人様に持って行ってください』

『――…持ッテク?ばんじーくすサンに?』

『だから、"バンジークスさん"ではなくて"御主人様"とお呼びなさいと…』

『分カリマシタ!これ、持ッテ行ク します!ばんじーくすサンに!』

『だから、"バンジークスさん"じゃなくてですね……!』

『行ッテキマス!』

ラディの小言を無理矢理断ち切って、來はその場から駆け出す。ラディがそんな後ろ姿を呼び止めようとするが、そのままあっという間に行ってしまったのだった。

『あぁ、もう。何なんですかあの娘は…!』

『まぁまぁまぁ、元気でよろしいじゃないですか。ライちゃんが来てから、お屋敷も明るくなった気がしません?アタクシも何だか若返ったような気持ちですのよ〜。御主人様もラディさんも何だか楽しそうなご様子ですし』

『――…』

頬に手を当てて朗らかに笑うノーラをじとりと見てから、ラディは再び大きな溜め息をついた。



***
次へ
前の章へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ