I want youの使い方

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バンジークスを先頭に使用人エリアに入った2人だったが、途中でラディが彼の前を歩いて行き先を案内する。

『娘は今は、ノーラが看ております』

『そうか』

出迎えにノーラも不在だった理由を耳にしつつ、やがて2階に位置する使用人部屋に辿り着いた。質素な木製ドアをラディがそっとノックすると、少ししてから小さく返事が返ってきた。

『ノーラ。御主人様が、今そこへ参ります』

『ま、まぁまぁ。御主人様が?』

『…ノーラ。彼女の容態はどうか?』

『ごっ、御主人様?少々お待ちくださいましね。ただ今開けます……』

寝込む來に配慮してか、普段より数倍静かな声のノーラがドアをそっと開けた。

『まぁ、まぁまぁまぁ、まぁ。本当に御主人様が――…』

『入るぞ』

使用人エリアに現れた主に驚くノーラを押し退け、バンジークスは室内へ入るとそのまままっすぐ來が眠るベッドへと歩み寄った。傍らの小さなテーブルに置かれたランプが辺りを微かに照らす中に、仰向けで寝ている來が見える。額に濡れタオルを乗せて辛そうに顔を歪め、薄く開いた唇から何度も浅い呼吸を繰り返している。ランプの明かりのみで見えづらいが、顔色も良くないとバンジークスは思った。

「………、………っ、ぅ……」

『……今朝、倒れたそうだな』

バンジークスはうなされている來を眉根を寄せながら見おろし、背後にいるノーラに問いかける。戸口で様子を見守っていたノーラは、主人の言葉にびくっと身をすくませたが、胸の前で両手を握りしめておずおずと口を開いた。

『は、はい…御主人様がお出になったすぐ後に――…』

『………』

彼女の返事を耳にしながら、バンジークスは來を見つめ続ける。今朝――…彼女は普段と変わらず、笑顔で自分を見送ったのだが。あの時の彼女と今の彼女の姿があまりにも正反対すぎて、痛々しい來からバンジークスは目を離せない。息も詰まりそうな静けさの中、ノーラはおどおどと再度口を開いた。

『あ、あの………御主人様。その――…』

『なんだ?』

『…はい。その……ライちゃ、あ。いえ、ライさん、ですね。あの…ずっと何かうわ言を言っているようでして』

振り返りもせず來を見ながらノーラの言葉を聞いたバンジークスは、徐にベッドの傍に跪いて彼女の口元を凝視した。確かに、微かな呻き声に混じって小さく何か"言葉"を呟いている。バンジークスは、今度は彼女に覆い被さるように身を乗り出し、その口元に己の耳を近づけた。小さく乱れた呼気にまで彼女の熱が宿っているようで、その熱さにバンジークスは眉間のシワを一層深める。

「…………………」

『……………』

瓶の奥底に淀む澱のように、重く低く呟かれる言葉。暫く無言で耳を傾けていたバンジークスだったが、深い溜め息を吐きながら体を起こした。

『………うわ言を言っているのは分かったが、内容までは聞き取れん』

彼の台詞に、ノーラもまた深い溜め息をつきつつ落胆した様子で『左様でございますか……』と肩を落とす。

『…彼女が、このような状態の時に英語でうわ言を言うとは思えぬ。恐らくニホンの言葉であろう』

『まぁ。きっとそうですわ――…何と言っているのか分かれば励ませるのですが…可哀想に』

悲しげなノーラの言葉には何も答えず、來を見つめるバンジークスはふと片手を上げると、高熱で上気する彼女の頬をそっと指で撫でる。すると、それまで眠っていた來の瞳がうっすらと開いた。滲む涙に濡れた虚ろな視線がバンジークスを捉えると、横たえていた身体を起こそうと身動ぎしだす。

『…イチガヤ?』

「――…、〜〜〜っ!」

『まぁ!ライちゃん、ダメですよ寝てなきゃ…!』

何とか起きようともがく來を見て、ノーラが慌てて駆け寄り無理矢理に寝かせようとする。それでも起きようとする來だったが、やがて滑り落ちるように意識が無くなり、ぐったりとベッドへ横たわると大きな深呼吸を1つしてから再び眠りについた。彼女の表情は先程よりもますます辛そうで、バンジークスは険しい表情でそれを見つめる。

『……ノーラ。彼女の事をよくよく頼む』

『は、はい。もちろんでございます』

立ち上がり、戸口へと向かいながら告げるバンジークスの指示に、ノーラは何度も頷いた。やがて静かに立ち去った主人から來へ視線を向けたノーラは、彼女の額から落ちてしまった濡れタオルを拾って傍らに用意した水桶に浸して絞ると、再び彼女の額へ乗せたのだった。



***



『…彼女の容態は分かった。思っていた以上に良くないな』

部屋を後にしたバンジークスは、廊下で待機していたラディに告げる。

『入院させますか?コレラや結核にかかったら大変ですぞ』

顔をしかめて助言するラディではなく闇夜に沈む廊下の先を暫く見ていたバンジークスは、やがて後ろに控える彼に低く告げた。

『ラディ。明日の朝一番に頼まれてくれ』

『はっ。何でございましょう?』

そして主人が告げた指示に、ラディは戸惑いつつも了承した。



***
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