I want youの使い方

□09
2ページ/3ページ


邪険に扱うラディとは対称的に、ノーラは変わらず來に対して友好的に接していた。ラディが指示を与えない分、ノーラがあれこれ來に手伝いを頼む。会話はもちろん英語で、コミュニケーションは一方的ではあるが、気さくに接してくれることが嬉しい來であった。






『ねぇ、ラディさん。100年後は、電気の力が欠かせなくなるそうですよ!』

『……………』

午後4時。使用人ホールではラディとノーラがアフタヌーン・ティーの時間を過ごしていた。紅茶が生活に深く根付くイギリスでは、使用人もアフタヌーン・ティーの時間を設ける。2人は小さな丸テーブルで真向かうように席についているのだが、ワクワクと瞳を輝かせながら未来の話をしだすノーラを、ラディはつまらなそうに眺めつつ紅茶を口にする。

『お仕事も家事も、ぜーんぶ電気の力がないと成り立たない世界になるんですって!未来のお洗濯は、洗濯もすすぎも脱水も電気の力がいっぺんに全部してくれて、お掃除も円盤のマシンが勝手に床のゴミや埃を吸い込んでくれて、お料理も電気の力で数分温めるだけですぐに食べられるとか…!』

『…………』

『今はここからニホンへ行くとなると、船で50日くらいかかるでしょう?でも100年後にはヒコーキっていう空飛ぶ乗り物で、たった半日程度で行けるようになるんですって!あんな遠い所へたった半日で行けるなんて、何て凄いんでしょう〜…ねぇ、ラディさん!』

『………』

『それにですね!未来は通信の網ってやつが世界中に張り巡らされて、すごい量の情報がその網を伝って毎日24時間やりとりされるんですって!ロンドンの新聞記事も、その日すぐにニホンで読めるそうですし、誰でもフォトグラフィーやシネマトグラフを作れて、しかもその網で全世界に向けて公開出来るんだそうです!しかもフルカラーで!!』

『………』

『更に!何と!未来は!人があのお月様に立つ日が――…!』

『………ノーラ』

それまでノーラのマシンガントークをじっと聞いていたラディだったが、ふと呻くように話を遮った。その表情は険しく、ノーラはきょとんとなりつつも口を噤む。

『……そのような夢物語、本気で信じているんですか?』

『え?……そりゃあ夢みたいなお話ですけれど。全部ライちゃんが教えてくれたんですよ?』

『貴方はあの娘の話を真に受けてるんですか?実に馬鹿馬鹿しい…』

『まぁ!馬鹿馬鹿しいだなんて、まぁまぁまぁ…だって、100年後から来た子ですよ?どこをどう疑うんですか?』

『あぁ……まったく!』

ラディは沈痛な面持ちで頭を抱える。

『そのタイムワープ自体が馬鹿馬鹿しい!ありえない!!そのような現象は科学的裏付けのない、人間の単なる夢物語………いや、妄想の産物に過ぎません!!』

渾身で力説するラディに対し、ノーラはぽかんとした様子で『まぁ〜』と呟く。

『でも…"あのお方"が神様をお呼びになったじゃないですか。ラディさんも一緒にご覧になったでしょう?』

『…あ、あれは………!あれはインチキですよ。そうに決まってます』

『猫ちゃんが喋ったのもインチキなのですか?』

『もちろんです』

『"あのお方"のお部屋のドアをくぐったらロンドンの駅に出たのも?』

『………もちろんです』

『ライちゃんが予言した事件、場所も方法も動機もぜーんぶ当たってたのに…あれもインチキなんですか?』

『…………………とっ、とにかく!とにかくですね、御主人様がそうお認めになったから従っているだけであって、僕自身はそんなタイムワープなどというインチキくさい現象を信じてなど――…!』

『らでぃサン!のーらサン!』

狼狽えるラディの言葉尻を引き継ぎながら、來が2人の元へやって来た。突然の登場に口ごもるラディに構わず、開いたままの本を手に彼らに近づく。

『エット……エーゴ、コトバ、コレ、教エテ』

『まぁまぁ、ライちゃん。アフタヌーン・ティーの時間なのにお勉強してるの?』

『ベンキョー、ワタシ、スル。ダケド、分カラナイ、コトバ、見ツケタ。コレ、意味、ナニ?』

『――…辞書はどうしたのですか?』

ラディが口にした"Dictionary"の単語に、來は肩から下げていたトートバッグをちらりと見て、少し困った様子で眉を下げる。

『あーーー…コトバ、コレ、ジショ、ないでシタ』

『まぁまぁまぁ…ライちゃんの辞書にも載ってない言葉なんて、アタクシ分かるかしら?』

『コレ、意味、分カラナイ。デモ、読ム できる…たぶん』

『……………読めるなら読んでみたらどうですか?貴方に読めるのなら』

嫌味を口にするラディに促された來は、『読ム?……ハイ、ワタシ、読ム する!』と嬉しそうに1つ頷き、持ってきた本に視線を落とす。そして…彼女がその言葉を口にした次の瞬間。紅茶を飲んでいたラディが、それをぶふーっと盛大に吹き出した。彼らしからぬ過激な反応に來は目を丸くするが、ノーラもまたあわあわと慌てた様子を見せる。

『まっ。まぁまぁまぁ…!確かに"ソレ"は辞書に載ってないでしょうねぇ〜…むしろ載せられないというか』

『………コノすぺる、言ウ、ワタシ、マチガウ?』

『え!?えぇ、えーっと……そうね。間違いじゃないのよライちゃん。ただね、ちょっと………"ソレ"は……何というか…お勉強しなくてもいい言葉っていうかねぇ〜』

『……………なっ、な――…何ですかその言葉はぁああああ!!!!?な!?い、一体何をどこでそのような汚らわしい言葉を…っ!!?』

ようやく我に返ったラディが、來が手にしている本を猛然とひったくる。そうして來が見ていたページに鼻先をくっつけ、目を皿のようにして凝視していたラディの目尻がビンと吊り上がった。

『これはストランド・マガジン……!このような大衆娯楽雑誌で勉強していたというのですか!?!』

『あぁ、お許しくださいラディさん。それ、アタクシがライちゃんに貸してあげた本ですの。まさかそんな言葉が書いてあったなんて……』

『な、な、な…何故このような低俗極まりない雑誌をこの娘に貸したんですか!?』

『そのぅ…ライちゃん、ずーっと同じ新聞紙で英語のお勉強をしててですね…ほら、彼女が最初に持ってた新聞紙ですよ。ただえさえヨレヨレなのに、書き込みもびっしりで何だか可哀想で…それにほら、新しいお勉強道具があったら彼女の為にもいいでしょう?だから――…』

『だからと大衆娯楽雑誌を教科書代わりとは!この娘がめちゃくちゃな英語を覚えてしまったら、僕が御主人様にお叱りを受けてしまうんですよ!?』

ラディの凄まじい剣幕に、來はおろおろするしかない。自分はとんでもない引き金を引いてしまったようだ――…よく分からないのが何とも虚しいが。

そうやって1人エキサイトしていたラディだったが、唐突にはぁと深くため息をついて項垂れた。

『……分かりました。教科書なら御主人様が読み終わった新聞紙がありますから、それを使わせましょう。とにかく…ノーラ。金輪際、その下劣な雑誌を娘に与えないでください』

『まぁ、ありがとうございますラディさん。ライちゃん。ラディさんが新しい新聞紙をくれるそうですよ!』

『………………ラディさん、シンブンシ、くれる?』

聞き取った単語を呟いてようやく理解したのか、來が嬉しそうにラディを見た。

『アリガト ゴザイマス!!エーゴ、頑張るマス!』

『……………』

険しい表情で視線を反らしたラディだったが、來はそれでもニコニコと彼を見ていた。



***
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ